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第45話 魔王の采配 3

「では、ジャガイモをすべて収穫するぞ」


 葉の形は覚えたので、目についたジャガイモの茎をつかみ、せっせと引き抜いていく。

 どれも同じ種類だと思っていたのだが、なぜか微妙に種類の違うジャガイモが収穫できてしまった。

「三種類あるな。見たことのないイモもあるぞ」

 不思議に思って、【鑑定眼】スキルと使ってみると、異世界のイモ(ダンシャク、メークイン、キタアカリ)となっていた。

 どういうことだ。

 ジャガイモを手にしたまま、子猫に視線をやると、そっと顔を逸らされた。

 何かやったな、勇者。


「なぜ、イモに爵位が……?」

 ダンシャクイモを手に悩んでいると、ふたたび、たしたしと叩かれた。

 他の野菜の収穫も代わりにして欲しいらしい。もしや、こちらも異世界野菜になっているのか、と不安になり、たしたしされるままに野菜を収穫していった。

「こちらのイモは……ベニハルカ。これは、アンノウイモ? シルクスイート……やはり知らない種類だな。異世界野菜、どんな味なのか……」

「にゃにゃっ!」

 うきうきと返事が返された。

 何を言っているのかは分からないが、表情や声音から「おいしいよ!」と伝えようとしているのだけは分かる。

「そうか、美味いのか」


 カボチャとニンジンも異世界野菜に変化していたが、品種名はなく、形と色が微妙に変化していた。どちらも一個の野菜から、大量に栽培できるのがありがたい。

 大収穫だと大喜びしている子猫を抱き上げて、アーダルベルトはため息を吐く。

「思った以上にとんでもない能力だな……。これはやはり、利用されないよう護衛が必要か」

 ドヤ顔の子猫は愛らしいけれど、手放しでは褒められない。

 規格外すぎる、この能力は誰もが欲するものだろう。


 もともとトワイライト帝国は、実りの多い王国の土地を狙っていた。

 魔素に満ちたアウローラ王国は人族が暮らす土地よりも豊かで、ダンジョン資源もある。

 その分、危険な魔獣が多いのだが、愚かなニンゲンどもは資源だけに目がいっていた。


 勇者の能力は凄まじい。

 少しの魔力であっという間に植物を育たせることができる。

 この能力があれば、国民が飢えることはなくなるだろう。

 つまりは、トワイライト帝国に狙われる存在となる。


(やはり、隠さなくては危険だ)


 護衛と見張りは絶対に必要だろう。

 もはや、のんびりと相性の良い護衛騎士を探す暇はない。


「そういえば、明日は副将軍が報告に来る予定だったな……ふむ」

 たしか、子猫である勇者と虎の獣人は先祖が同じ獣だと賢者が言っていたような気がする。

 外見はまったく似ているところはないが、元が同じ種族なら、言葉も通じるのではないだろうか。言葉が通じるのならば、子猫の希望が聞ける。

(三週間後の満月まで待つ余裕はもはやないのだ。副将軍の来訪は、ちょうどいい)

 考え込む魔王を、腕の中の子猫がふたたび、たしたしと叩いてきた。


「どうした、勇者よ。また、何処かへ行きたいのか」

「にゃっ」

 子猫が望む場所へ、ふたたび移動する。

 どうやら、また厨房へ行きたいようだった。先程と逆のルートで厨房へと戻ってきた。


「ま、また来た……」

 下働きの連中が真っ青になりながら、平伏する。

「楽にせよ。仕事の邪魔をするつもりはない」

 夕食の仕込みに忙しい時間なのだ。

 声を掛けてやると、慌てて持ち場へ戻っていった。


 子猫は小さな両脚で抱え込んだジャガイモをそっとアーダルベルトに差し出して、みぃみぃと鳴いた。腹がへった時の鳴き声だ。さすがに、何を訴えたいのか、分かる。


「料理長。この野菜で料理を作ってくれ」

「は……この、イモを使って、ですか」


 困惑する料理長に収穫したばかりのダンシャクイモを手渡す。

 腕の中の子猫がぴょんと作業台に飛び乗った。身振り手振りで懸命に説明をしている。


「うむ、そうか。料理長、勇者が望む料理を頼む」

「勇者さまが望む料理……」


 料理長の目の色が変わる。そういえば、彼は勇者が獣人の姿に変化した際、彼女から異世界の料理をいくつか教わっていたことを思い出した。

「分かりました。やってみましょう」


 やる気を見せるが、相手は獣人姿の少女ではなく、小さな子猫である。

 意思疎通が難しかったが、どうにか子猫の希望通りに調理を開始した料理長。


(本当に簡単な料理だったな)

 子猫も説明が難しい調理法は避けたようだ。


 まずは、ジャガイモを水魔法で洗い、皮つきのまま鍋で茹でてもらった。

 串をさして、火が通ったことを確認すると、子猫は皿に視線を向ける。

 アーダルベルトは心得た、といった風に重々しく頷くと、いそいそと皿を運んだ。

 魔王アーダルベルトを顎で使う子猫を、料理人たちが信じられない、といった表情で眺めてくるが、気にせずに茹でたイモを皿に盛る。


「これをそのまま食うのか?」

 さすがに味気なさそうだが、と困惑していると、子猫が首を左右に振った。違うらしい。

 キッチンテーブルからぴょんと飛び降りると、子猫はほてほてと歩いていく。

 足を止めたのは、業務用の大型魔道冷蔵庫の前だ。そこで行儀よくお座りすると、両前脚でカリカリと冷蔵庫を引っ掻いた。

「これを開ければいいのか?」

「へ、陛下! 私が開けますので!」

 慌てて駆け寄ってきた料理長が魔道冷蔵庫を開けた。子猫が嬉しそうに「にゃあ」と鳴く。

 いそいそと冷蔵庫の中を覗き込み、目当てのものを見つけたようだった。

「にゃっ! にゃにゃっ!」

 視線の先にあったのは、薄い黄色の塊だ。

 料理長がおそるおそる手に取って、子猫の前に広げて見せる。

「こちらでよろしいでしょうか?」

「これか、勇者よ」

「にゃっ」

 これこれ、と頷く子猫。欲しかったものは、バターらしい。

 ダンジョン内で飼育している牛型魔獣のミルクを加工した、最高品質のバターである。

 これをどうするつもりだろうか。


「みゃあ」

 てしてし、と茹で立てのジャガイモの皿を示す子猫。

 もしや、これに載せろ、ということか。

「……こうか?」

「にっ!」

 瞳を細めて、喉を鳴らす。これで正解だったようだ。

 茹でたジャガイモにバターを載せただけの、シンプルな料理だったが、不思議と食欲をそそる良い香りがした。

「にゃあ」


 アーダルベルトの手にこつん、と額を当ててくる。これは、おねだりの合図だ。

 素早くフォークを取り出すと、食べやすいサイズに切り分けてやった。熱々のジャガイモに載せたバターは溶けて、ほどよく染み込んでいるようだ。

「熱いから、気を付けろ」

 口元に運んでやると、ぱくりと食べた。もぐもぐと咀嚼しながら、瞳を細めている。

「うみゃああ」

「そうか。旨いか」

 ふ、とアーダルベルトは口元を綻ばせた。

 てしてし、と手を叩かれる。おかわりか、と口元にフォークを運ぶと、違うと首を振られてしまう。どうやら、食べてみてと言いたかったらしい。

「へ、陛下……。そちら、茹でただけのイモですので……っ」

 料理長や料理人たちがこぞって顔を青褪めさせているが、無視して口に運ぶ。

「む……これは……」


 イモ料理は庶民の味とされており、口にする魔族は滅多にいない。

 ただし、栄養があり、腹もちがよく、保管もしやすいということで、戦場での食事に使われていたため、アーダルベルトは食べたことがあった。

 干し肉と共にスープして提供されたが、その時は特に何とも思わなかったのだが、このダンシャクイモとやらは、食感からして違っており、驚いた。


「茹でてバターを落としただけとは信じられんほど、美味いな」

「まさか、イモが……?」

 魔王の言葉に、料理長が目を見開いた。

「うにゃ」

 まぁ、食べてみなよ? ニヤニヤと笑う子猫がそっと皿を料理長に向けて押しやった。

「ゆ、勇者さま……」

「いい。食べてみろ、料理長」

「は……では、お言葉に甘えまして。失礼いたします」


 アーダルベルトに促されて、料理長がおそるおそるフォークを使う。

 ほっこり茹でたジャガイモにバターを落として、ぱくり。

 料理長からしたら、これを料理というなんておこがましい、と思うだろう。

 だが、これがまた信じられないほどに美味しかったらしい。

 目を見開いて、ショックを受けている。


(気持ちは分かるぞ、料理長。このダンシャクイモは王国のイモとは比べようがないほどに美味だ)


 子猫に促されて食べた、ジャガイモ料理は絶品だった。

 丸くて、黄色いダンシャクイモは表面がごつごつしており、見た目は不格好だ。

 だが、茹でると、ほくほくとした食感が面白く、味も良かった。

(何より、バターとの相性が最高だ。いくらでも食べたくなる)


 おそらくは、勇者の力で異世界のジャガイモへと品種改良されたおかげで、これほどに上等の料理へと昇格されたのだと思われる。


 アーダルベルトは【アイテムボックス】に収納していた野菜を取り出した。

 ダンシャクイモに、メークイン、キタアカリ。

 ジャガイモの他にも、細長く赤紫色の皮をしたイモが同じく三種類。

 カボチャにニンジンもあった。


(これらの異世界野菜も、同じように美味なのであろうな……)


 そっと【鑑定眼】スキルを使って、詳細鑑定を施してみたが、「食用可、美味」の二文字が大変心強い。

 厨房のテーブルにごそっと山盛りにされた野菜たちを、子猫がきらきらと期待に満ちた眼差しで見上げている。


「みゃーん?」

 料理長とアーダルベルトと野菜を交互に見やって、甘やかに鳴く子猫。

 これは間違いなく、この野菜を使った料理を所望しているのだろう。

 アーダルベルトは軽く顎を引いてみせた。

「頼んだぞ、料理長」

 料理長の野太い悲痛な声音が厨房で響いた。


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