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第51話 護衛がつきました 3

(そうでしょう、そうでしょう? ポテチは美味しいのよねー!)


 異世界のオリーブオイルは上質だったし、岩塩はまろやかで仄かに甘みもあって、ジャガイモのとの相性は抜群だ。これは他のジャガイモ料理にも合いそう。


(せっかく油があるんだし、フライドポテトも作ってもらおうかな)


 ピノを手招いて、ふたたび通訳をお願いする。

 今度は彼も積極的に料理長にレシピを伝えてくれた。フライドポテトの作り方も、ポテトチップスと変わらない。

「任せてください」


 どん、と胸を叩いた料理長がさっと揚げてくれた。

 細く切った、さくさくポテトと皮つきのほっこりポテトの二種類。どちらも甲乙つけがたい。


「これも旨いですー! 料理の革命ですよ、勇者さま!」

「イモの切り方が違うだけなのに、さきほどのポテチとは全然違いますね。不思議です」

「どっちもうめぇ!」


 料理長を筆頭に、皆が絶賛してくれた。

 ジャガイモと油と岩塩しか使っていないのに、この中毒性。油と糖は美味しいのだ。

 ダンテとピノも目の色を変えて、がつがつと揚げたイモ料理を貪り食べている。

 ピノはイモ料理なんて、とぼやいていたことをすっかり忘れ果てたようで、争うようにして味わっていた。


「まぁ、ミヤさま。こちらにいらっしゃったのですか?」

 ちょうど通りがかった侍女長シャローンも手招きして、一緒に食べた。

「美味しいですわっ! なんてすばらしい料理なのでしょう。ポテチもフライドポテトもどちらも病みつきになりますわね」

 綺麗で優しいお姉さんにも大絶賛され、美夜は胸を張った。


(ふっふっふ。これはぜひ、魔王にも食べさせてあげないとね!)


 地球産の美味しいジャガイモで皆のお腹を満たしてあげよう。

 時刻はちょうど、午前十時。そう、お茶の時間だ。

 朝食後から仕事を頑張っている魔王と宰相にも休憩が必要である。


「にゃうにゃ(これ、運んでください)」

 そっと近くにいたメイドさんの袖を引いて、ポテトチップスとフライドポテトの皿を見る。


「まぁ、ミヤさま。どうされました?」

「喉が渇いたのでなくて?」

「ああ、きっとそうですわね。イモ料理は美味しいけれど、塩辛いですもの」

「ミルクがいいでしょうか。それとも果汁?」


 にこにこ笑顔でちやほやされて、悪い気分ではないけれど。

「にゃあうー(ちがうのー)」

 魔王のところまで運んでください! 

 そう訴えてみるが、まったく通じない。うう。魔王には何となく伝わることもあるのに。

 がっくりと肩を落としていると、ピノがそっと割って入ってくれた。


「あの、勇者サマはこの料理を執務室に運んでほしいと言っています」

「え? ……あなた、まさかミヤさまの言葉が分かるのですか?」

「あ、ハイ。自分と勇者サマの祖先が同じ種族らしく、何となくなんですけど……」

「まぁ、なんて素晴らしい! では、今後も通訳をお願いしますわねっ」

「え……いや、あの自分はこれでも勇者サマの専属護衛で……」

「──お願いしますわね?」

「は、はい……できる、ことなら……?」


 迫力に負けてしまっていた。可哀想に、ユキヒョウの尻尾がぼわぼわだ。

 怖いよね、綺麗なお姉さんの真顔って。


◆◇◆


 ポテチとフライドポテトを魔王と宰相の二人はとても気に入ってくれた。


「昨日食べたイモ料理も美味だったが、これはまた全く違う料理だな」

「何ですか、それ。陛下、他にも食べさせてもらったのですか? ずるいですよ」

「お前も厨房で作ってもらえばいい。茹でたイモにバターをつけただけの料理だが、これが驚くほどに旨かったのだ」

「まさか、そんな……とも言い切れませんね。この料理も、塩味しかしませんし」

「はい。なんでも、ミヤさまの故郷の味らしく。油でイモを揚げた料理とのことですわ」

「ふむ……異世界からの召喚勇者たちは油で揚げる料理を格別に好むとは知っていたが、野菜も揚げるのだな」

「ふにゃ?(ん?)」


 美夜は首を傾げた。この世界にも揚げ物料理はあるのか。

 しかも、これまで召喚されてきた勇者が広めたような言い方だ。


「うにゃにゃにゃみゃあ?(どんな揚げ物料理があるの?)」


 魔王の膝によじ登り、顔を見上げながら尋ねる。

 ふぐっと口元を押さえつつ、凝視してくる魔王。


「かわい、……っごほん。ピノよ、勇者は何と言っているのだ?」

「あ、はい! ミヤさまはどんな揚げ物料理があるのかと尋ねられています」

「ほう。そこまで詳しく言葉を理解できるのか……羨ましい……」

「魔王陛下。落ち着いてくださいね。怨念のような魔力が滲み出ております」

「む、そうか。すまぬ」

「……い、いえ……」


 屈強なクマ獣人のダンテはともかく、年若い見習い騎士のピノには魔王から放出された魔力はキツすぎたようだ。蒼白になって、冷や汗をかいている。


「肉にコロモをつけて油で揚げた、カツという料理だ。我が王国でもあっという間に人気になった肉料理だぞ」

「みゃあ、みっ!(おお! カツ!)」


 おそらく多分、オーク肉を使ったカツとかだろう。

 リアル異世界ファンタジーグルメだ!


「食感は違いますが、カラアゲという揚げ物料理もありますよ。あれもとても良いものです」

「にゃあ(ほう)」


 どうやら、宰相テオドールは唐揚げ派らしい。

 分かる、分かるよ。美味しいよね、唐揚げ。

 言葉が通じるのが嬉しくて、ついピノを酷使して揚げ物や肉料理について情報を集めてしまった。  よほどポテトチップスやフライドポテトが美味しかったのか、二人はとても饒舌だった。


(ふむふむ。トンカツや唐揚げ、フライなんかの揚げ物料理はある程度伝わっているようだけど、天ぷらやコロッケは無いみたいね? 何でだろう……?)


 ステーキやロースト料理などは珍しくもないが、ハンバーグは地球から伝わったのは確定だろう。名称もハンバーグなのだから。


(地味に面倒なハンバーグを伝えたくせに、簡単なフライドポテトが伝わっていないのが不思議よね。……もしかして、肉料理じゃないから? まさか、そんな理由なはずがないか……?)


 おそるおそるピノ経由で尋ねてみると、魔王が大きく頷いた。

「ああ、異世界から召喚されてきた勇者──今は賢者として我が国で暮らしておるが、あやつは大の肉好きでな。野菜は食い物ではないと豪語している」

「にゃあー……(うわー……)」


 だから、伝わった料理が中途半端なのか。納得だ。

 提供される肉料理がどれも口に合ったのは、おそらくは美夜と同じく地球から召喚された元勇者だからなのだろう。


(そういえばマグロの刺身もあったし、元勇者の賢者って、もしかして日本人?)


 そう考えるのは、少しばかり早計だろうか。

 なにせ、円安インバウンドのおかげで、今は寿司や刺身は世界中で知られているヘルシーフードだ。


(天ぷらが伝わっていないみたいだし、日本人じゃない可能性もあるのかな……?)


 どうやら、その賢者は王都から遠い辺境の地で、この国の住民である奥さんと新婚生活を満喫しているらしい。いつか会えるといいなと思う。


(賢者さんが野菜嫌いだから、ジャガイモ料理のレパートリーが少ないのね。だったら、いくつか料理長に教えてあげよう! せっかく美味しいジャガイモを作ることができたんだから)


 まずは、コロッケ。

 ガレットやポトフは似たような料理があったから、ポテトグラタンなんかもいいかもしれない。

 ジャーマンポテトも簡単だけど美味しいので、レシピを教えてあげよう。


(本当はポテトサラダも作って欲しいんだけど、マヨネーズがないのよねー)


 作り方は覚えている。中学の調理実習で、手作りのマヨネーズ作成に挑戦したことがあるのだ。

 レシピは覚えているので、多分再現することは可能だが──


(生卵が不安。異世界の卵って、たぶん生だと危ないよね……? 元の世界でも日本以外は生食は厳しいって聞いたことがあるし……)


 なので、ポテトサラダに関しては【生活魔法】を習得してからにした方がいいだろう。

 魔王城の図書室で得た知識によると、便利な【生活魔法】を覚えると、浄化魔法が使えるようになるらしい。

 浄化魔法とは、悪霊を退治するのにも使える素晴らしい魔法だが、なんと食べ物の毒を無毒化もできるのだ。


(つまり、【生活魔法】を覚えたら、生卵を食べ放題! お刺身も気にせず食べられる! 最高!)


 お掃除や洗濯にも便利らしい。

 お風呂が面倒な時にも、ぱぱっと使えるという。すばらしい。


(でも、私はメイドさんたちが洗ってくれるから、絶対にお風呂には入るつもりだけどね!)


 綺麗なエルフのメイドさんたちにちやほやされながら、優しくシャンプーをしてもらい、風呂上りにはブラッシングとマッサージ。

 にゃんこエステは極楽浄土の心地になるので、毎日でも入りたいくらいだった。


 ともあれ、さっそく厨房に戻ることにした。

 十時のおやつを堪能したので、次はランチだ。


「うにゃにゃにゃおーう!(次はコロッケよぉ!)」


 ダンテの足に爪を立てて、わしわしと登っていく。

 大きな身体をジャングルジムのように踏破すると、広い肩に腰掛けて、厨房まで連れていってもらう。うん、楽ちん。

 魔王が「私以外の男の肩に……?」と何やら悲壮な表情を浮かべていたが、スルーする。


(いまはコロッケの方が大事! コロッケが食べたいの!)


 ふたたび料理長を捕まえて、ピノ経由でコロッケのレシピを伝授する。

 美夜のつたない説明をどうにか自分なりに解釈して、試行錯誤の末に料理長が完成させたのが、男爵イモを使ったコロッケだ。

 ジャイアントボアという、巨大なイノシシの魔獣肉をミンチにして使っているらしい。

 パン粉でからりと揚げたコロッケは綺麗なキツネ色をしていた。


(味見をしてみたいけれど、我慢よ、わたし! いま食べると、魔王とのランチがお腹いっぱいで食べられなくなっちゃう)


 コロッケだけだと物足りない可能性もあるので、ついでにメンチカツのレシピも伝授。

 こちらは男性陣に好評で、色々な肉を使った試作品があっという間に試食と言う名のもとに消費された。

 コロッケとメンチカツのランチはおかげさまで、大好評。

 魔王はどちらも気に入ってくれたようで、「よくやった」と子猫は盛大に褒められた。


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