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第57話 生活魔法を覚えよう 3

◆◇◆


 そんなわけで、お披露目である。


 美味しい夕食をたっぷりと堪能した後、魔王の前で今日の練習の成果を見せるべく、美夜は張り切って【生活魔法】を発動した。

 まずは、暗い室内を明るく灯す、【照明ライト】の魔法。

 イメージしたのはLED電灯。魔道ランタンの落ち着いた灯りとは比べようがないほどに、眩しいほどの照明に魔王が驚いている。

「これは……【照明ライト】の魔法なのか? これほどに明るくなるとは。魔力は大丈夫なのか、勇者よ」

「うにゃにゃん(平気だよー)」


 せっせと魔法の練習をしたおかげか、魔力量も倍増したのだ。

【生活魔法】程度の魔法なら、消費した魔力もすぐに回復するので、気にせず使うことができる。

 お次はこれ。【水生成ウォーター】だ。

 寝台横のテーブルに置かれたグラスに一瞬で水を満たす。


「にゃっ(飲んで!)」


 期待に満ちた眼差しで見上げて、ちょいちょいとグラスを押すと、魔王は「うむ」と頷いて、中身を飲んでくれた。

 さすが魔王、理解度が高い。


「おお、冷たくて美味いな。……まさか、温度も自在にできるのか?」

「にゃっ(そうだよ!)」


 これには先生役のシャローンも驚いていた。


(でも、飲み水だったら冷たい方が美味しいじゃない? どうせなら、美味しく飲みたいもの)


 魔王の寝室内は暖かい。なにせ、暖炉があるのだ。むしろ、ちょっと暑いくらい。

 なので、冷たいお水でちょうどいい。これが暖炉のない外でなら、白湯さゆを出したと思う。


「……もしかして、湯を出すことも可能なのか?」

「にゅ? にゃにゃん(たぶんできるよー)」


 こくこくと頷いてみせると、それはすごいと驚かれた。

 お湯、出さないの?


「……普通は、水を作り、それを火魔法で温めて湯を作る。そのまま湯を作り出すなど、エルフの長老クラスの魔法使いでなければ難しいと思うぞ?」


 二属性の魔法を同時に使うことになるので、難易度が高いらしい。

 そうなのか。


(私は、普通にお風呂のお湯温度をイメージして発動するくらいなんだけど……)


 まぁ便利なら、問題ないか。

 今後は自分でお風呂のお湯を用意できるのだ。

 気を取り直して、次は【温風ウォーム】。勝手にドライヤー魔法と命名した、あの魔法である。

 温風も冷風も自由自在だ。夏場は扇風機魔法と名付けてもいいかもしれない。


「ほう。【温風ウォーム】魔法も使えるのか。これも二属性魔法に近いため、使える者はごく一部のようだが」


 そうなのか。なら、毎晩お風呂に入れてくれるメイドさんたちはエリートだったのだろう。

 そんなエリート魔法使いさんに、子猫のドライヤーを任せていたなんて申し訳ないので、今後は自分でドライヤー魔法を使うことにしよう。


(次はコレ! 念願のお掃除魔法っ! 【洗浄ウォッシュ】!)


 ていっと発動したのは、異世界ラノベあるあるのお掃除魔法である。

 しつこい汚れもこの魔法を唱えれば、あっという間にぴかぴかになる、素晴らしい魔法だ。

 これがあれば、お風呂がなくても、身体は綺麗にできるし、トイレの際にも困らない。

 もちろん、部屋のお掃除も呪文ひとつで済ませることができる、最強の【生活魔法】!


「なんと……【浄化クリーン】まで使えるようになったのか……さすがだな、勇者よ」


 ん? と美夜は首を傾げた。浄化じゃなくて、洗浄なのですが?


「なるほど、これほどに強い威力ならば、アンデッドも瞬殺できるな。ふふ、【生活魔法】どころか、希少な【光魔法】まで修得するとは、さすが我が好敵手」


 陶然とした面持ちでつぶやく、魔王サマ。


(いやいや、違いますよ? これは【洗浄ウォッシュ】。お掃除魔法です。ほら、お部屋もぴかぴか!)


 しかも、【光魔法】だなんて、大袈裟な。

 昼間にステータスを鑑定した際には、四属性の魔法と【植物魔法】しか使えないって──


「んにゃにゃあ? (あれぇ?)」


 どういうことだ──子猫は小さな両前脚で頭を抱えた。

 こっそり鑑定したところ、なぜかステータス欄に「NEW!」が増えており、【光魔法】が追加されていたのだ。


(え? えっ? もしかして、本当にさっきのは【洗浄ウォッシュ】魔法ではなくて、【浄化クリーン】魔法になっていたの? シャローンさんに教わった時は、【洗浄ウォッシュ】だったよねっ?)


 どうやら脳内でイメージする【洗浄ウォッシュ】魔法が、【浄化クリーン】並みの強さだったらしく。

 勇者な子猫は無事に【光魔法】を得ることができたらしい──

 落ち込む子猫に気付いた魔王が言葉を尽くして宥めてくれる。


「どうした、勇者よ。【光魔法】が不満なのか? アンデッドは厄介なモンスターだからな、覚えていて損はない。アンデット対策はもちろんとして、【光魔法】は鍛えれば呪いにも対抗できる」


 呪いがある世界だったのか、ここ。

 勇者や魔王がいるファンタジー世界なので、そこまで驚きはしなかったが、そうなると、【光魔法】が使えるのは良いことかもしれない。

 精霊たちにお願いして魔法を行使する【植物魔法】にも光の魔法はあったが、あれは光合成のための光なので、浄化作用はないのだ。


(訓練の最中に試したから、汚れを落とすこともできたのよね)


おそらく【浄化クリーン】魔法は【洗浄ウォッシュ】魔法の上位互換なのだろう。

だったら──


(そうよ、当初の目標だった、食材に浄化する魔法が使えるってことじゃない?)


 食材を浄化できるなら、念願のお刺身が食べられる。

 以前に魔王への貢ぎ物だとかで食べさせてもらったマグロもどきの味を思い出す。

 あれは魔物に変異した魚──魔魚だったか。だが、味はマグロそのものだった。それも新鮮で上物。


(あんなに立派なマグロは滅多に手に入らないって聞いたけど、普通のお魚なら仕入れることはできるよね? 毎日、大トロが食べたいなんて、そんな贅沢は言わない。市場で売っている、新鮮なお魚を買ってきてもらえば、私が【浄化クリーン】魔法をかければ、お刺身食べ放題が楽しめる……!)


 アウローラ王国近郊で手に入るのは、どんな魚なのだろう?


(庶民の味方、サンマ? 塩焼きがいちばん好きだけれど、サンマのお刺身も美味しいよねっ)


 タイも比較的に手に入りやすい魚だと思う。

 タイ飯にして食べるのもいいが、これもお刺身にすると美味だ。

 表面を少しだけ炙って食べるのも楽しい。

 あっさりとした白身魚なので、カルパッチョにすれば刺身を食べ慣れない人でも食べやすいと思う。


(魚だけじゃない。他の魚介類──そう、イカの刺身も食べたい。イカそうめん! 貝もいいわね。ホタテの貝柱や生牡蠣! はっ、【光魔法】の【浄化クリーン】を施した生牡蠣なら、食中毒になることもないのでは? 美味しい生牡蠣を食べ放題できるのでは?)


 美夜はうっとりと瞳を細めて、妄想に励む。

 安全な生牡蠣が食べられるというオイスターバーが都内にあることを知っていたけれど、とても貧乏苦学生が手を出せるお値段ではなかったので、泣く泣く諦めていたのだ。

 だが、この【浄化クリーン】魔法が使えるのなら、お高い生牡蠣をわざわざ食べに行かずとも、自分で採取した牡蠣をそのまま食べられるのでは?

 牡蠣以外にも、エビやカニも刺身で楽しめる。そう、【浄化クリーン】魔法があれば!



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