■死滅した森
森の奥へ進んでいくと、空気が悪くなっていることに気づく。
木々も黒ずんでおり、足元の土だって乾いた感じだ。
環境汚染の末に死滅した森という言葉がしっくりくる光景である。
「ドリー、大丈夫か?」
「パパ、気持ち悪い……」
綺麗な環境を好む精霊の一種であるドリーにはこの汚れた環境は毒のようだ。
俺は少し悩んだあと、ドリーをおんぶした。
ドリーの体から
体の防衛本能なのか、俺がやろうとしたことをやってくれた。
なぜかはわからないが、俺の思考の一部がドリーと繋がっているようなのだ。
「今、水をかけてやるから少しの間は我慢しろよ」
「パパ、ありがとぅ……ドリーはダメな子で、ごめんなさぃ……」
〈浄水〉を頭の上からかけてやると、瘴気にあてられ、しおれていた頭の花が少しばかり元気になる。
「瘴気ってのはどうにもやっかいなもののようだな……早くなんとかしなきゃ、村までまた瘴気が広がったら畑もダメになる!」
俺は叫びをあげて走った。
「キャァァァァ!?」
前方からセリアの悲鳴があがる。
より急がないと、リカードに合わせる顔がなかった。
黒ずんでいる木々を抜けて走ると、目の前が開け、汚れた沼とヘドロの様なものに取り込まれようとされているセリアの姿が見える。
「どうしたら……俺の水が浄化のできる水ならば……迷っている場合じゃない!」
俺は両手を組み、子供の頃、風呂場で水をかけていた水鉄砲の形を作った。
俺が今、名付けたスキルの名前を唱えて水を出すとビシューと勢いよく水が飛び出し、セリアを覆っていたヘドロを洗い流す。
高圧洗浄機で掃除しているくらい綺麗に取れて気持ち良かった。
「これならいける!」
「ぐぼぁぁぁぁぁぁ!」
俺が勝利の一手を手に入れたことで確信を持っていると、黒いヘドロにまみれた怪物がセリアから俺の方を向いて襲い掛かってくる。
なんだろうな、確か甥っ子が遊んでいたゲームにこんな奴がいた。
「ベトベトな体をしているなら、気持ち悪いだろ! 今から綺麗にしてやるからな!」
〈浄水〉をヘドロの怪物にぶっかけていくと、ドロドロの体が剥げていきだんだんと小さくなってくる。
「本当に高圧洗浄機で掃除している気分だな」
「んぅ……キヨシ! 強い怪物がいる! 早く逃げ……」
「怪物ってコイツのことか?」
起き上がったセリアが血相を変えて俺を逃がそうとしていたが、俺は首を振ってちょいちょいと指をさした。
そこには怪物ではなく、騎士の様な鎧を着ているツインドリルというのか、グルグルと巻かれた髪を2つ頭の両サイドにぶら下げた幼女がバタンキューと寝転がっている。
「キヨシ……お前って強いんだな?」
「俺はただ、洗浄してただけなんだがな……」
感心した顔をしているセリアに対して、俺の答えはちぐはぐな気がした。
だけど、これが事実なんだよなぁ……。
■沼地
ヘドロの怪物を洗っていたら幼女が中から出て来た。
何を言っているのか分からないかもしれないが、ありのまま目の前に起きたことなんだよ。
瘴気の雰囲気がまだあったので、俺は沼地全体を<浄水>で洗い流してから、幼女を任せたセリアの方に戻った。
「こんなところに鎧をきた幼女って、なんなんだ? セリアのような被害者か?」
「わ、私がドジをしたみたいにいわないでくれっ。確かに不覚にもやられてしまったのは事実なのだが……」
無愛想に思えたセリアの表情がコロコロと変わる。
打ち解けてくれたのであればよかった。
「で、結局この子は何なんだ?」
「私も初めてみるのだが、伝承で行けば彼女は……」
そうセリアが言い始めた時、騎士幼女が目を覚ます。
金髪のツインテールを揺らして顔が向き、目を開けば澄んだ空のような青い瞳が俺を見つめて来た。
「貴方……貴方があたしのマスターなの?」
「はい?」
「パパはね、ドリーのパパだよ」
おぶったままのドリーが騎士幼女に向かって笑顔を向けている。
周辺の瘴気が無くなったせいか元気になったようだ。
だが、微妙に会話が成り立っていないよな気がするんだが……。
「わかっていないならそれでもいいわ。あたしは精霊騎士ディーナ・シーのシーナよ」
「ただのおっさんのキヨシだ」
「ドリーはドリアードのドリー!」
「エルフ族の戦士、セリア。やはり、ディーナ・シーなんだな……」
お互いが挨拶を交わしたところで、シーナの処遇について相談しあうことにした。
「シーナはこのままここに居るのは危険だと俺は思う。瘴気というのがどこから来ているのか分からんし、取りつかれたら逆に瘴気をばらまく存在になるっぽいしな」
俺はシーナが元に戻り、一旦〈浄水〉で洗ったことから綺麗に戻り始めている周囲の状況を眺めて告げる。
あと、幼女を森に放置しておくのは人としてやっちゃいけない気分になるのもあった。
「私もキヨシの意見に賛成だ。森から離れておいた方がいいが、森自体の維持管理は別にやっていく必要もある」
「それはそうかもな。何かあったら呼んでくれれば俺が〈浄水〉で何とかできる」
「わかったわ、じゃあマスターと一緒にいくわ。助けられた恩義を返さないと騎士の名折れよ……べ、別にここが怖いなんてことはないんだからねっ!」
「まぁ、瘴気で怪物になったのなら怖くはなるよな……わかったわかった」
「だぁかぁらぁ! 別に怖くなんてないの! 騎士としてマスターを守るのが責務なの!」
ぽかぽかと俺を叩いてくる金髪幼女は顔を真っ赤にしている。
お嬢様な見た目と相まって、その姿は微笑ましく感じた。
「なにはともあれ、帰ろうか。ホリィがびっくりしないといいけどな」
「ちょっとぉ! あたしの意見を流さないでよぉー!」
にぎやかになった一団となり、俺らは岐路につく。
さわやかな風が頬を撫でていった。