■フィオレラ村 教会 薬草園
リカード達がさって2週間がたった。
次に彼らがくるのは冬が空けるころとのことである。
物々交換が中心のため、交換するものがない時期に行商人はこない。
どうしても物入りがあった時は薪などを集めて街へ売りに行って買いだしてくるというのがこの村のやり方だ。
昼休みを知らせる教会の鐘が鳴る。
「ふぅ、こんなものか……一休みだな」
「パパ、お疲れ様ー」
俺が薬草園の手入れをしてから腰を上げると、ドリーがパタパタとやってきた。
むぎゅっと足元に抱き着きすりすりと頬をこすりつけてくる。
植物の精霊からなのか、寒いのは苦手なようで肌を寄せ合ったり、一緒にお風呂へ入ることをいいだしてきていた。
このくらいの年頃の娘を持ったことがないし、親戚の子の世話をしてもそれほど長い時間はないので、正直戸惑う。
「ドリー、そんなにひっつくと汚れるぞ?」
「汚れたら、パパとお風呂にはいるの♪」
「昼間から風呂にはいったら湯冷めするから、それはない。ほら、ホリィが昼ご飯を用意してくれるだろうからいくぞ」
「はーい」
ぴょんと俺から離れたドリーを後ろに従えながら司祭の家にいこうとしたとき、教会の敷地内であまり見かけない人がいた。
森の調査の時にいた狩人の……。
「たしか、ゴンゾ。ゴンじぃだったか?」
「おお、キヨシ様。お昼時にワリィなぁ……シスターへ相談に来たんだが、キヨシ様に相談してもよさそうだな」
「俺ではたいして役に立てないかもしれないが、話くらいは聞くぞ?」
俺はそういって、宿舎の前に置いている木箱にゴンゾと共に座る。
ベンチが作れればいいんだが、手間もかかるので空いている木箱を椅子代わりに使っているのだ。
「もうだいぶ寒くなってきてるよなぁ。キヨシ様のおかげで森も生き返ってきているもんだから、村の子に木を集めをさせてるんだ」
「ふむ、確かに薪の消耗が激しくなってきたからな……ただ、それとゴンじぃがどう関係するんだ?」
「ここからなんだよ、キヨシ様もあせっちゃいけねぇよ。んで、本題なんだがその村の子がデッケェ鹿を見つけたそうだんだよ」
「鹿だと! いい肉が取れるな。鹿は死すべし、慈悲はない」
俺が本題を促したところ、ゴンじぃが告げた敵の存在に俺は胸の奥が熱くなる。
小さいころ育てていた野菜の目を鹿に食われたことがあり、憎しみの心が思い返された。
一度は狩猟免許を取って害獣駆除をしようかと思ったほどである。
「お、おぅ……キヨシ様がそんな顔をするなんて、珍しいな」
そんなにひどい顔をしているのか、ゴンじぃがちょっと引いていた。
「話は聞かせてもらったわ」
ちょっと変な空気になっていたところで、地面からズモモモという音がしそうな動きでシーナが地上に現れる。
シーナは常に地上にいることはなく、地下や池の底などにいることが多かった。
この間は樽風呂の足元から出てきてとんでもないことにあったんだが、別の話である。
「シーナか、狩りとか得意なのか?」
「もちろんよ、精霊騎士として活躍できる場面が来たということね!」
「……ということだから、昼飯後に鹿が出てきた場所まで案内してくれ」
「おう、助かるぜぃ」
ゴンじぃの顔から気難しさが取れて、柔和な笑みが戻ってきた。
さて、狩りなんて初めてだが、どうなることやら……。
■フィオレラ村 教会 食卓
「……ということで、午後からはシーナと狩りにでていく」
「そうですか。子供が危険にさらされるのであれば仕方のないことですね。ですが、キヨシ様は気を付けてください。貴方様大切な方ですから……」
パンとスープの食事のあと、薬草園で取れたハーブを使ったハーブティを味わいながら、俺はホリィに予定を伝えた。
ホリィは慈愛に満ちた微笑みというか、まさに聖母といった雰囲気で答えてくれる。
こういう会話って、夫婦みたいだなと思うが、おっさんである俺にそんな甘い話はないはずだ。
「ドリーはどうする?」
「ドリーは寒いの苦手。お昼寝するの」
「私がドリーちゃんの様子をみていますから、キヨシ様はいってきてくださいね。鹿といえば、このあたりの伝承で狂暴なイノシシの様な大きさの鹿がいるという話も聞きます」
「へぇ、それは面白そうね。相手にとって不足はないわ」
狂暴な鹿がいると聞いて、俺は一瞬怯みそうになったが、シーナがやる気に満ちていたので堪える。
ここで日和っては男が廃るというものだ。
大した男ではないかもしれないが、見栄だって張りたい。
「シーナがやる気なら大丈夫だろう」
「ええ、マスターは私が守るわ。安心なさい」
ふんと鼻を鳴らしてシーナが平らな胸を張った。
なだらかな平原だなぁと思わずマジマジとみてしまう。
「な、何よ! マスターのえっち!」
「え、えぇぇ……」
「キヨシ様は女性に興味がないわけでないのですね……でも、私には興味がないのでしょうか」
真っ赤になってシーナが両手で胸元を隠すようにして叫ぶと、ホリィが若干しょげた様子で自分のたわわな胸を見直した。
俺としてはホリィのような豊満な体の方が好きである。
いや、違う。今はそうじゃない。
「そ、そうだ! 一応、夜までには帰ってくる予定だが念のため明りとかの準備をしていきたい。鹿は夜の方が活発に動くこともあるからな」
「では、司祭様が使っていたカンテラを用意致しますね。外泊するならば、毛布もリュックに用意しておきますね」
俺が声をかけたことで、ホリィはハッとなり、パタパタと食卓を後にした。
うっつらうつらと眠そうにしているドリーがテーブルにのこっている。
「ドリーを寝室に寝かせてくる。シーナは武器とかそういうものの準備はいいのか?」
「精霊にそういう常識は不要よ。ほらね」
そういうとシーナが手をかざせば手元に立派な両手剣が姿を見せる。
なかなかにごつく、大人の男が使うような代物だ。
「狩りでは頼りにしてるぞ」
「頼りにしなさい、あたしは強いんだから!」
自信満々にツインテールドリルを揺らす彼女を見ると心配事がなくなる。
俺のほうも〈浄水〉スキルの使い方をもっといろいろ考えようと思った。