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第13話 初めての共同作業

 ガキィンと金属同士がぶつかったような音が響いた。


「おいおい、どんなバケモノなんだよ……」

「マスターのいうとおり、この鹿はバケモノよ。瘴気に侵された、ねっ!」


 シーナの身が心配で俺は思わず声を上げてしまったが、シーナの方は余裕がある。

 鹿の頭に蹴りを入れて、距離をとった。

 ブンと両手剣が軽々と動き、剣閃が走る。

 キンキンと突撃してくる鹿をシーナがいなしている間にも、太陽が傾き始めており、森に闇が下りてきた。


「夜になると夜目の聞く鹿の方が有利だ。ここは逃げるぞ!」

「でも、マスター! あたしの出番!」

「バカッ! お前が傷つくほうが嫌なんだから従え!」

「マスター……」


 シーナの顔が赤くなって照れだすが、そんな状況じゃない。


「あいつが瘴気に侵されているなら……俺の〈浄水〉は苦手なはずだ。これで撤退時間を稼ぐぞ!」


 俺は目を閉じてイメージを固める。

 水を操る力のようなものが、〈浄水〉を使ってきたことで成長してきていた。

 今ならば、もっといろいろできそうである。


〈浄水天幕〉ピュリファイカーテン


「この天幕で塞ぎつつ逃げるぞ!」


 俺が出したのは〈浄水〉を両手を頭上に掲げてから放つことで噴水のように広がったカーテンでシーナと鹿の間を分断した。

 予想通り、鹿は〈浄水〉が苦手なようで、近づこうとするもすぐに距離をあける。


「シーナ! こっちへ来るか地面に潜れ!」

「マスター、すぐにいくわ!」


 俺達の方へシーナが駆け寄ってきたのを確認すると、俺は両手で思いっきり<浄水>を噴射した後、水飲み場である川の下の方へと逃げていった。


◇ ◇ ◇


 川に沿って降りて行いき、開けた場所へとたどり着いた。

 俺達は休憩をしつつ、今後の対応を考える。


「ぜぇ……はぁ……逃げるといったが、俺の、体力が、あまりないことを、忘れて……た……はぁ……」

「さっきまでカッコ良かったのに……マスターったら、面白いね」

「どうするなぁ……お嬢ちゃんの剣でも捌くのが限界となると厄介だなぁ」

「ふ、ふん! あたしだってねぇ……本来の力が取り戻せていたらあんな奴は一撃なのよ!」

「シーナさんはその姿が本来の姿じゃないってことなのかい?」


 ガロが俺も気になっていたことを聞いてくれる。

 幼女の姿が本来ではないというのはどういうことだ?


「瘴気に取り込まれかけていたから、力が弱まっちゃったのよ。ドリーだって、本来の力や姿はあるのよ」

「口調とかから全然子供だと思っていたんだがな……」

「精霊に年齢の概念はあまりないわよ。どちらかと言えば内なる力がそのまま精神に影響する感じかしら?」

「まぁ、気長にいくさ。それでだ……あいつとどう戦うかなんだが、俺の方で少し考えがあるシーナと俺が協力すれば倒せるはずだ」

「さすがキヨシ様だぁ」

「ええ、マスターとの初めての共同作業必ず成功させるわ!」

「シーナ、その言い方はちょっとやめようか?」


 俺がシーナにツッコミをいれるも、シーナもゴンじぃ、ガロも「なんで?」という不思議そうな顔をしている。

 もしかして、こっちじゃ初めての共同作業って結婚とかでいわないのか!?


「あー、いや……何でもない。そうだな、共同作業頑張ろうな」

「どうしたのよ、マスター。顔がちょっと赤いけど、何が今の言葉にあったの! ねぇねぇ!」


 今度は俺が『穴があったら入りたい』気分になるのだった。


 俺達は暗くなった中、念のためにもってきていたカンテラであたりを照らしながら木々を集めて焚火をする。

 暖を取ることと共に、鹿を警戒させるためだ。


「まぁ……バケモノ相手だとどこまで警戒してくれるかわからないがな」


 固いパンを食べて少し腹を満たしながら、俺達は焚火の音だけが聞こえる静かな時間が過ぎている。

 集めた木々が無くなっていき、焚火の灯が小さくなりはじめた。


「こんなにもびくびくする時間は今回限りにしたいな」

「そうだなぁ、あのデカイ奴さえ何とかなればこの森も安全になるさぁ」

「ゴンじぃは落ち着いていてすごいな」

「老い先短いとならぁ、諦めも作ってもんよ」

「親父、冗談でも笑えないぞ」


 ガロがいうように、老い先短いなんて言ってほしくはないな。

 まぁ、異世界の寿命がいくつかはわからないのであんまり無理も言えないが……。

 俺がそうもっていると、ボチャンと大きな水音がした。

 パチンと同時に火が爆ぜる。

 俺達は会話をやめて、静かに周囲を警戒した。

 ゴンじぃとガロは弓矢を構えるが、俺は武器がないので、身をひそめる。

 ボチャボチャと大きな水音が連続で続き、何かが近づいている気配が強くなった。

 暗がりの中に大きな2つの玉が光って浮いている。


「眼だな……人間を見て逃げるよりも、人間を見て攻めてくるのは本当にヤバイ奴だ」

「ゴブリンを返り討ちにしたことで、自分の強さを理解できたってぇわけだな」


 ゴンじぃの言葉に俺も頷く。

 熊なども人間に慣れ己の方が強いとわかると、容赦なく襲い掛かるようになるなんて聞いたことがあった。


「ガロ、俺らの矢が効くとは思えねぇ……キヨシ様の作戦に乗るぞ」

「わかってる……今だ!」


 近づいてきて、焚火の灯でうっすらの全身が闇に浮かび上がった鹿のバケモノへ向かってガロが矢を放つ。

 ヒュンと空気を切る音と共に矢が放たれ、バケモノへと刺さった。

 だが、バケモノは怯むことなくこちらに近づいてくる。

 水音が無くなり、足音が草を踏む音に変わった。

 だんだんと全形が見えてきて、見上げるほどの巨大であることが分かる。


「でかい……こんなのとシーナは互角にやりあっていたのか……」

「フシュルルルル! ギュォアァァ!」


 バケモノが吠え、俺達の方へ駆け出した。

 だが、その足がガクンと落ちる。

 足に予備の弓矢の弦で作ったくくり罠だ。


「いまだ! 出てこいシーナ!」


 バケモノの足元から両手剣を持ったシーナが飛び出しくくり罠で動けなくなった足を斬り上げる。

 ブシャァアと血が飛び散り、バケモノがさらにバランスを崩してその場に崩れた。

 足は繋がっているが、深手を負ったのは確かである。


「シーナ。剣をこちらに向けろ!」

「マスター? ……わかったわ」


 疑問を抱く前に俺の強い言葉に何かを感じたのかシーナはバケモノと距離をとりながら下段の構えをとり、刃を地面すれすれにしながら後ろ……すなわち俺の方へ向けた。

 血にぬれた両手剣を洗うつもりで俺が〈浄水〉を両手剣にかけるとシーナの両手剣が白く輝きはじめる。

 濡れた血が洗い流さていくほどに両手剣全体に不思議な光が満ちていった。


「この力……いけるわ! ありがとう、マスター!」


 シーナが自信に満ちた笑みを浮かべると一気に間合いを詰めて両手剣でバケモノの首を跳ねるように横に凪ぐ。

 夜闇の中でも目立つ光の流れがバケモノの首に触れると、バターを切るようにスパっと首を綺麗にはねた。


「さすが、マスターね!」

「さすがキヨシ様だ」

「いやいやいや、俺は普通にやっているだけだ!」


 脅威は去ったのだが、俺の〈浄水〉は思った以上にとんでもない力らしい。



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