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閑話 とあるシスターの懺悔物語(コンフェッション)

■フィオレラ村 広場


 バケモノ鹿を倒した後、野営をして翌日に鹿を解体して運んだ。

 そして、村の広場では昼から鹿の肉を焼いて食べるバーべキュー会が行われている。

 バーベキューをやろうと言い出したのは俺であり、バケモノ鹿の半分くらいは食べる予定だ。


「保存食にするための分も確保できましたし、キヨシ様には感謝しきりですじゃ」

「俺はやりたいようにやっているだけなんだがな……」


 村長に褒められるとやっぱりこそばゆい。

 俺は俺なりにやりたいことをやりたいようにやっているんだが、やっぱり現代の知識や感覚は異世界では珍しいことのようだ。


「キヨシ様ー! お肉美味しい! ありがとうなっ!」

「鹿肉おいしー!」

「ありがとー!」


 直火であぶった鹿肉を食べて笑顔を向けるピーターをはじめとした村の子供たちを見ると、鹿を退治してきてよかったと思う。


「いい光景ですね。キヨシ様」

「ん? ホリィか」


 村長が村人達の対応に向かって俺の傍から離れていったと思ったら、俺の隣にはホリィがいつの間にかでてきていた。

 ホリィには一晩帰ってこなかったことで大変心配されて、宥めるのが大変だったが村人の前の為かいつもの通りの静かで慈愛にあふれるシスター然である。


「ゴンゾさんからもお話を聞きましたが、ゴブリンが来ていたことが気にはなりますね」

「そうなのか?」

「山の方の洞窟にいて、あまり動いてこなかったのですが……この辺付近に来たということは食べ物などを探してきたのかもしれません」

「それで鹿を狩ろうと思って返り討ちにあったというわけか……」

「今すぐにどうこうする必要はないかもしれませんが、もしかしたら何かの前触れかもしれません」


 心配げに眉根を寄せてため息を漏らすホリィは気苦労の絶えないタイプなのだろう。

 学のある教会の人だけに、いろいろ考えてしまうからこそのものがあるようだ。


「ま、何かあった時はその時だな」


 俺は深く考えることが苦手だ。

 目の前にあるやりたいこと、やるべきことをコツコツとやっていくだけで精いっぱいである。


「さすがです、キヨシ様。キヨシ様が村にいてくだされば村はきっと安定いたします。そのお知恵と力を今後とも私達に使ってくださいませ」

「マスター、私もご飯が欲しいのだけど」

「パパー、ドリーもご飯ー」


 ホリィが微笑みを浮かべていると、シーナとドリーが俺の下へとやってくる。


「おう、今行くぞ」


 今は難しいことを考えずに楽しい時間を過ごそうと思った。

 その後、積年の恨みをはらすように鹿肉をたらふく食べ、ドリーとシーナに水を与える一時の安らぐ時間を過ごす。

 たまにはバーベキューもいいものだ。


――その日の夜


 星がたくさん輝く夜に二つの月が浮かぶ。

 その月の光が教会の窓から差し込んでくると静かな礼拝堂は荘厳な空気をかもしだしていた。

 礼拝堂の一画にある懺悔室に扉には【入室中】の看板が立てかけられていて、そこにはシスターでるホリィがいる。

 懺悔室の聞く側ではなく、話す側の席にだ。


「司祭様がいたときには、こうして聞いていただけたのですが……今は私しかいませんので、私が一人で話します」


 ポツポツとホリィは話を始める。

 カーテンの先には人はいないが、そこに存在があるように話すのは神に対して祈りを捧げるのと同じだ。


「もう一月くらい前になりますね。早いものです、司祭様がお亡くなりになって、キヨシ様が来てから……」


 ホリィが告げるのはキヨシが教会に来てからの話である。

 一人で教会を切り盛りするのが大変であり、身も、心も疲れてきた時に来たのがキヨシだった。


「見慣れない服を着ていた人でしたが、銀髪の女神セナレア様の話を聞いたとき、嬉しかったです」


 少しばかりホリィは頬を染めて笑う。

 ホリィはこの村に外から来た人であり、生まれは街で本に囲まれた生活をしていた。

 特に好きなのは伝承や神話などでそれが高じて、シスターにもなったのである。


「辺境の村が瘴気に侵されていると聞き、困っているだろうと司祭様に連れてこられた時は少し困りましたが、今では感謝しています、キヨシ様と出会えたのですから……」


 懺悔というよりかは昔話に近い感じだ。

 今は亡き司祭に向けて、近況報告をしているのである。


「キヨシ様が来ていただけたお陰で村に活気が戻りました。懺悔室でツライ話をしてくる村人が減り、子供たちに笑顔が戻っています」


 最近は本当に村全体が明るくなった。

 キヨシの湯とされる樽風呂の利用者も多く、ホリィは人のいない朝にキヨシにお湯を沸かして貰って入るのが日課になっている。

 井戸水で身を清めるのは冬場つらかったので、助かっているのは本当の話だ。


「でも、最近は困ったことがあります」


 ホリィは真剣にカーテンの奥を見る。

 そこには人の気配はないが、司祭がいるように思えていた。



「私……キヨシ様の事を好きになって来てるのです。伴侶の話がでたとき、取り乱して盛り上がってしまいました。あの方は女神セナレア様の使徒であるというのに……」


 ホリィの顔がトマトのように赤くなって俯いてしまう。


「ドリーさんというドリアードに新しくシーナさんというディーナ・シーという二つの精霊を養女に迎えているので、なんだか家族のようなんです。司祭様と一緒に過ごした時よりも楽しく、嬉しい日々を過ごしています」


 自分の中に湧きあがっているものを言葉にしているが、ホリィの心は落ち着かなかった。


「司祭様、私はどうするのがいいのでしょうか? 愛をささやき夫婦となってもいいのでしょうか? シスターでなければ、ただの村娘であれば悩まなかったのかもしれません……けど、シスターとして学んできたことがキヨシ様の役になっていることもあるのです」


 ハァァァァァと大きなため息をホリィはつく。

 今日はここまでとホリィは懺悔を打ち切った。


「また、お話を聞いてください。私がどうするかは私が決めることですけれど、気持ちを整理するのにここは向いていますから……」


 この村に来てから、何度も司祭へお世話になった懺悔室を後にする。

 明日からはまた元気な姿でキヨシと話そう、美味しいご飯を作って彼の喜ぶ姿をみたいから……。



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