■フィオレラ村 教会中庭 キヨシの湯
「はぁ……息が白くなるし、本格的に寒くなってきたなぁ」
俺は手に息を吹きかけながら湯を沸かすための魔導具に魔力を込めて樽風呂へと投げ込んだ。
もう手慣れたもので、温度感覚もつかめている。
ただ、朝から両手で冷たい<浄水>を樽にためるのは若干冷え込むので困るものだ。
「ホリィ、おはよう」
「おはようございます。今日も朝からありがとうございます。今年もあと数日で終わりますが、いつになくいい年越しができそうです」
「年越しか……教会のカレンダーではもうそんな時期か。俺も長くいたもんだ……」
俺はこの村に来てからのことを振り返っていた。
電車にひかれたかと思えば、白い空間で女神だかにあい、この異世界に来て、不思議な力を持っている。
そんなことがあってからだいぶたっている気がしていた。
「ええ、2ヶ月あまりでしょうか? キヨシ様のお陰で村の年越しも保存食などを順調に進んでおります」
「まだ2ヶ月!? そうか、もっと長くいるような気がしていたんだがな……」
「ふふふ、キヨシ様は村にすぐ馴染んで、村人と仲良くしていただいていましたから」
口元を抑えて笑うホリィは修道服ではなくゆったりした寝間着だ。
これから風呂に入り、身を清めてから修道服に袖を通すことをしている。
日々のルーティンに付き合っているので、覚えてしまった。
「そうかもな。それじゃあ、朝食を俺が作っておくからゆっくり浸かっててくれ」
「はい、ありがとうございます。ああ、村長さんが水を各家庭に入れてほしいと昨夜来ていましたよ? このあたりは雪が降りますから皆さん家にずっとこもっているんです」
「まぁ、寒いと井戸へ汲みに行くのもつらいからな……わかった、朝食後ドリーたちと一緒に回ってくる」
俺はホリィの方を向くことなく手を振って、その場を後にした。
「雪が降るというのであれば、年越しは大変なことになるだろう。収穫できていない野菜類は収穫して保存しないといけないな……」
俺は一人でつぶやくと、寝ているドリーを起こして村の巡回をすることに決める。
「その前に、まずは朝食だな」
簡単なスープにも肉が入るようになってちょっと豪華になってきた。
交代で食事を作ることが増えて、なんだか本当に同棲している夫婦のようになってきている。
「いやいや、これはたまたまだ。俺のようなおっさんにホリィはもったいない」
本人に聞こえないように小さな声でつぶやくと宿舎の方へ急ぎ足で駆け出すのだった。
■フィオレラ村 村長の家
俺は朝食を終え、ドリーとシーナを連れて村長の家を訪れた。
村長の方は部屋の掃除をしながら、俺達を出迎えてくれる。
家にあるカメを〈浄水〉で満たしてやると、首から上が取れるんじゃないかと思うくらい頭を上下させてお礼をいってくれた。
「本当にありがとうございます。キヨシ様のお陰で村の暮らしが楽になりましたじゃ。あのジャガイモも急いで育ててくれたおかげで食事も豊かになりましたじゃ。ありがたや、ありがたや」
村長にそこまで言われると本当に恥ずかしいんだが、誰かの役に立っているという実感は日々俺の心を温かく満たしてくれている。
俺の方こそ感謝したいくらいだ。
「そんなことない、俺の方こそ受け入れてくれてありがとう」
「ほれ、ドリーちゃんにシーナちゃんや、ばあばの作ったお菓子だよ」
「わーい!」
「ありがとう」
テーブルの方では村長の嫁さんが余った小麦で作った焼き菓子みたいなものを上げている。
ひとつまみ貰って食べてみれば、味付けは蜂蜜を少々使ったもののようだった。
「蜂蜜か……花畑を増やしてたくさん取れるようにするのもありだな」
「ドリーお花すきー!」
俺のつぶやきを聞いたドリーが元気に手をあげて自己主張をしてくる。
植物を司る精霊なのだから、そういうのも得意なのだろうと一人納得した。
「さて、話を戻すが村長の時のように村を回って水を入れていけばいいんだな?」
「そうですじゃ、中央の井戸に汲みにいくのが例年だったのじゃが、先日の瘴気で体調不良がおこったことから井戸水をあまり使いたがなくての」
「その気持ちはわからなくもないな……いつおかしくなるかわからないとなると使いづらいか」
村長の話に俺も納得する。
あるところの水を飲んでお腹を壊した経験があれば、そこの水は飲みたくなくなるものだ。
俺が〈浄水〉でやっていくのもいいが、毎度毎度村を回っていくのも大変だから何か対策を考えたい。
「年末のあいさつ回りだと思って、やっていくよ。何か困りごとがあればそれも併せて解決していく」
「ありがとうございますじゃ、よろしくお願いいたしますの」
「ああ、任せておけ」
村長へサムズアップで答えると俺はドリーたちを連れて村を見回りに向かった。
■フィオレラ村 工房長屋
最後に俺達が訪れたのは村でパンを焼いているエミルの家である。
家というよりも工房と言った方がいいかもしれない。
冬場というのに火を焚いているため、熱を放つ家に俺達は向かった。
「エミル、いるか?」
「あいよ、キヨじゃないか。水の補充にきてくれたのかい?」
「そうだ。村長に言われて村を見回っていたところで、エミルのところが最後だな」
「ドリーにシーナもよく来たねぇ。フィリップ! 休憩にするよ」
「はーい!」
キップのいい姉御という雰囲気のエミルは俺よりも年上らしいが、そんな風には見えないほど若くて色気のある雰囲気を醸し出していた。
「年末の保存食づくりはどうだ?」
「キヨが肉をたくさん持ってきてくれたおかげで村の年越しには十分な燻製肉ができそうだよ。感謝だぁねぇ~」
「鹿は死すべし、慈悲はない」
「あんなバケモノ鹿はマスターとあたしでなきゃ倒せないものね。でもおかげで安心して薪が拾えてるんでしょ?」
「そうだね、ゴンじぃと一緒に拾ってるけど、今のところは問題ないと聞いているさね」
「それは良かった」
俺とシーナはエミルの言葉にほっとする。
平和な村を作れていることは俺にとって大事なことであり、自信になることだった。