あれはもう何年前でしょうか。
私が小学校五年生だったことは覚えているのですが、時期は忘れました。
テレビをつけると不思議な光景を見たのです。
番組はおそらく情報番組だったと思いますが、何やら白い道着に身に包んだ人が、黒い面と黒い形状の棒を持ち、取材する女性記者(アナウンサーだったかも)とお互いに叩き合う試合をしていました。
「これは何だろう?」
テレビを見る私は食い入るように見つめます。
それがまさしく『スポーツチャンバラ』という競技の最初の出会いでした。
元々、私は運動神経はあまりよくない方で鬼ごっこでは常に鬼になる状態で、跳び箱は飛べない、ドッチボールは避けてばかり。
所謂、外で友達とあまり遊ばずにテレビを見たり、ゲームをやったりする時間が多い子供でした。
家に長くいると、最近では珍しくなったようですが三世代同居する家庭でしたので、そうなると祖父母とテレビなどを見る時間が増えてきます。
うちの祖父は昼以降に放映する時代劇をよく鑑賞しておりました。有名なところでは「暴れん坊将軍」や「水戸黄門」などがそうですね。
見る時間が増えるということは、必然的に時代劇に登場する主人公達がヒーローとなるので憧れてしまうわけです。
物語も殆どは勧善懲悪のストーリーですので、悪を懲らしめる強い正義の味方になるので、そういう人間になりたいと深層心理に響くわけですね。
普通なら仮面ライダーなど特撮のヒーローに憧れるものなのですが、家庭環境がそうだったので、かなり変わっていましたが私には松平健や高橋英樹が刀で戦う姿の方がカッコよく映ったのです。
そうなると自分も刀で戦う侍のようになりたいと強く思ったわけです。
本当なら、ここで剣道を選択してもおかしくなかったのですが、恥ずかしながら当時の私は剣道という競技を知らないこともありました。
また、テレビに映る人の黒い面に白い道着姿が当時の私には非常にカッコよく見えたので、食い入るように見ていたことは覚えています。
「面白そう、これやってみたい」
という言葉を出したかは曖昧ですが、似たようなニュアンスの言葉を父に伝えた記憶があります。
私は玩具やゲームを欲しがるように軽く伝えたのですが、
「スポーツチャンバラか、探してみようか」
何故だが父も興味津々でした。
実はうちの父は柔道や銃剣道の経験者で、高校時代は円心流やわらという古流武術をやっていたくらいの武道好き。
スポーツチャンバラというカジュアルな名前の響きですが、テレビで観た印象はきちんと道着を着て戦う姿に何かを感じたのでしょう。
しかし、この話は一旦ここで終わってしまいます。
何せスポーツチャンバラは当時でも、マイナー中のマイナー。今のようにネット環境があるわけでもなく、どこで教室があるかなんて全くわからない状況です。
教室を探すには広告チラシか人伝の紹介か、タウンページしか情報源がない時代だったので日を重ねるごとに『スポーツチャンバラ』という存在もだんだんと忘れて来てしまいます。
そんなある日、父が一冊の白い本を持って現れました。
「図書館から借りてきたぞ、スポーツチャンバラの本だ」
それはなんと、スポーツチャンバラの教本でした。
どうやら、図書館で見つけたようで借りてきたようなのです。
「教室が近くにあるみたいだから、電話しようか」
父はそういって本をパラパラとめくります。
本の後ろには各都道府県の連盟の所属道場と代表者の名前、電話番号が一覧で書かれています。今でしたら個人情報の管理は厳しくなりましたが、昔のプロ野球選手名鑑でも普通に選手の家の住所や、奥さんや子供の名前が記されているくらいに牧歌的な時代で、情報源も電話か手紙くらいだったので珍しくありません。
私としては幸い。
偶然という名の運命による導きに他なりません。
図書館がなければ、この本が置いてなければ、教本として出版していなければ、スポーツチャンバラと長く付き合うこともなかったわけですので――。