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想像力を遊ばせて

 スポーツチャンバラの教本を図書館から借りてきた父は、本に記されていた道場の住所を見ました。

 ここで道場が遠い場所にあったら、そこで断念していたのでしょうが、運のいいことに自宅から自転車で行ける距離にありました。

 近すぎず、遠すぎず、その距離がスポーツチャンバラという旅の扉を開いてくれているようでした。

 早速、父は電話をかけ、道場主と話をしてくれました。


「土曜日にやってるそうだぞ」


 電話を終えた父の表情はどこか嬉しそうで、少し得意気にも見えました。

 普段あまり多くを語らない人ですが、私が何かを始めるきっかけを与えられたことが、どこか誇らしかったのかもしれません。


「そうなんだ、土曜日かあ」


 どうやら場所は公民館で、土曜日の六時から練習を行っているそうです。場所と日時がわかり、いよいよ道場へと行くわけなのですが――。


「気になるから読んでみよう」


 私はスポーツチャンバラの本を読んでみました。

 というのも、このスポーツチャンバラという競技のことをもっと深く知りたいと思ったからです。

 パラパラと本をめくるとスポーツチャンバラには様々な種類の得物があり、それらを使い競技することが説明されていました。


 スポーツチャンバラの本の表紙はくたびれていましたが、それが逆に『秘められた冒険の書』のようにも見えました。

 昔のゲームの攻略本――ページのすみにはキャラクターや武器のイラスト、裏技のメモ、裏ページにはラスボスの影。

 そんな感覚で、スポチャンの本も一枚一枚に『戦い方のヒント』が詰まっているようで手が止まりませんでした。


 ページをめくると、そこにはテレビで観た長い棒状の得物だけでなく、様々な種類の武器が写真付きで掲載されていました。


 以下に簡単ですが紹介しておきましょう。


・短刀(45cm)

・小太刀(60cm)

・長剣(100cm)

・槍 ナギナタ(210cm)

・棒(200cm)


 これらの武器に伴い盾もあり、盾小太刀や盾長剣、後に盾短刀といった種目も追加すると膨大な数の競技種目となります。

 陸上にはデカスロンと呼ばれる十種競技と呼ばれるものがありますが、まさにスポーツチャンバラはデカスロンのように、多種多様な得物を駆使して競う、多彩な競技内容を持つスポーツと言えました。

 つまり競技のバリエーションが豊富であるため、選手は自身の得意分野や戦略に応じて得物を選び、試合に臨むことが出来るのです。


 ただ、この時の私はまだ小学生です。

 そういうことは深く考えずに様々な得物を見ながら、まるで昔にあったRPGゲームの攻略本に掲載されていた武器のイラストや紹介と同じような感覚で眺めていたことはよく覚えています。


「自由自在か」


 本を読み進める中で、この競技の魅力は単に体力や技術だけではなく、創意工夫や柔軟な発想にもあることを理解しました。

 剣道やフェンシングには決まった構えがありますが、このスポーツチャンバラにおいてはどんな構えをしても自由なのです。

 それが奇妙奇天烈な構えであっても、競技ルールに反しない限り許されます。

 好きなように動ける、好きなように構えていい。

 地を這うような構えでも、背を反らせるような構えでも、それが自分の流儀だと信じれば、受け入れられる。そんな自由が、子供ながらに胸の奥に火を灯してくれました。

 その言葉の奥には、「自分だけの剣術」を作ってもいい、という創造性が込められているように感じました。

 この自由さが、スポーツチャンバラをただの「型」や「技」の勝負に留まらず「個性」と「戦略」を活かせる独特な競技として際立たせていたのです。


 特に本には「自由奔放」「自由自在な剣法」と書かれていました。私はその一文に強く惹かれてしまいました。決められた通りにやるのではなく、自分らしい戦い方を模索できるのは何だかとても楽しそうに思えてしまったのです。気分だけは時代劇の剣豪やRPGの勇者です。


「楽しみだな」


 剣を持ったらどう構えようか――。

 あの長い槍や棒を使えたら――。

 盾を構えて戦えたら――。


 そんな想像をするたびに、胸が膨らんでいくのがわかりました。

 知らない世界に足を踏み入れることは、怖さ以上に冒険の魅力に満ちていたのです。

 その後、父と共に道場の練習に向かう土曜日を心待ちにする日々が始まりました。どんな武器を使えるのか、どんな戦い方ができるのか、想像を膨らませるだけでワクワクが止まりませんでした。


 想像力を遊ばせて――。

 そこには遊戯やスポーツを越え、白いキャンバスに好きな絵を描ける創造性と自由が感じ取れたのでした。


 スポーツチャンバラ、略してスポチャン。

 この創造性と自由なところに魅力を感じたのでした。

 それはただのスポーツではなく、自分の世界を広げてくれる『冒険』の始まりでもあったのです。

 今にして思えば、それは現実の世界の中にぽっかりと開いた「異世界への入り口」だったのかもしれません。

 武器を持って、技を磨いて、仲間と戦い、時に勝って喜び、負けて涙を流す――その全てが物語のように思えてなりませんでした。

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