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体験

 土曜日となりました。

 この土曜日という日は特別な日、いよいよスポーツチャンバラの初体験が始まる曜日なのです。


「今晩は」


 M市の公民館にやってきた私と父を出迎えてくれたのは、白いTシャツに白い空手着といったラフな姿の男性でした。イメージ的にはカポエラの服装によく似ていましたね。


「連絡いたしました何某です」


 父がそう述べると男性は軽く会釈します。


「ようこそ、いらっしゃいました。ここの道場をやっております何某です」


 年齢的には40歳半ばか、背の高い先生でした。ラフな服装ではありますが威厳ある方でした。

 そう、この方が私にとってスポーツチャンバラの最初の師にあたる方です。最初と意味深げなことを記していますが、先に申しておくと私が最初に入門した道場は先生の仕事の都合により解散してしまうのですが――。


「これがスポーツチャンバラで使用している道具です」


 公民館の部屋の片隅には、スポーツチャンバラで使用される面や小太刀、長剣が丁寧に置かれていました。


(結構、重いんだな)


 少し、手に取らせて頂きましたが当時小学生だった私には重く感じました。当然ではありますが、私が遊びで使っていたプラスチック製の刀よりも、その黒い棒状の得物は重量があったのです。

 今でこそ、スポーツチャンバラの得物はエアーポンプで空気を入れる代物で軽く扱えるのですが、当時は芯棒をウレタンで包んだソフト剣でしたので重く、当てられるとそれなりに痛みのある道具だったのです。


「まだ皆は来ていませんが、もうすぐ来ると思いますので待ってて下さいね」


 道具に触れるという体験をした後は、実戦練習の体験に入るのですが、今の段階ではまだ道場の生徒は来ておりません。

 公民館には先生と私達親子しかいない状況です。


「今晩は、先生どうかよろしくお願いします」


 そうこうしているうちに生徒がやってきました。

 スポーツチャンバラは当時、知名度的にはまだまだですので当然として道場生の数は少ないですし、殆どが私と年齢の変わらない小学生か私より少し年齢が上の中学生です。(中学生の一人は先生のご子息)

 大人といえば、子供と一緒に始めたようなパターンが多く、生徒の子供の父親の一人はここの指導員も務めておりました。

 この指導員が私にとって、二番目の師にあたる方となるのですがその話は後に語りたいと思います。


「それでは練習を始めましょうか」


 生徒が全員そろったところで練習の開始です。

 体育の授業で行われるような軽い準備が終わると全員、基礎練習である剣の素振りから始めるわけなのですが長剣ではなく、短い小太刀を持ってました。

 私の想像では剣道やフェンシングなどは長めの得物を使用しての練習となるのですが、スポーツチャンバラではこの小太刀を使っての練習が最初となるのです。

 元々、スポーツチャンバラは「小太刀護身道」という護身武道から始まったものでした。創始者は警備会社を運営しており、ガードマン教育訓練として対刃物を想定して創られたのです。つまり、バックや傘など短い物を手にしたときに暴漢が持つ刃物から身を護る術から始まったのです。


「面ッ!」


 荒々しい声が公民館を揺らします。

 スポーツチャンバラというカジュアルな名称でありますが、そこはやはり武道を下地にした競技。練習は本格的な武道の側面も持ち合わせていました。

 初めて握る小太刀の感触は独特で、重量感に少し戸惑いながらも、私は言われた通りに構えて振ります。

 そして、基本の素振りが終わると空手やキックボクシングのように先生がミットを持て打たせるミット打ちが始まります。

 準備運動、素振り、ミット打ちといった基本的な練習が終わると休憩に入るわけなのですがここからが変わっていました。


「うちは服装は自由でやれるし、遊びの時間も設けてあります」


 この道場は少し変わっていて、鬼ごっこやボール遊びなどスポーツチャンバラとは全く関係ない遊びの時間が設けられていました。

 先生は穏やかな人で、子供達がスポーツを純粋に楽しめるよう工夫を凝らしていました。遊びの時間では公民館の中には笑い声が響き渡ります。

 先生の思惑はどうかはわかりませんが、この遊びを通じて生徒達は自然と仲良くなり、コミュニケーションの大切さを学んでいきました。


 野球やサッカーといったスポーツ、柔道や剣道といった武道の先生方からすれば眉をひそめるでしょう。

 だけども、こういう遊びを通じて自然とスポーツチャンバラという競技への興味を深め、モチベーションを高める環境が整えられていたのだと思います。


 遊びを取り入れること――。

 スポーツチャンバラの厳しさと楽しさのバランスを保つ――。

 それがこの道場の特徴であり、私の競技人生を長くさせるための下地を作ってくれたのです。


「では、ペアを組んで練習試合をしましょうか」


 そして、いよいよメインとなる模擬戦の練習が始まります。

 生徒達は自然と二人一組となり、ボクシングやキックといった格闘技でいうところのスパーリング、空手や柔道などの武道でいうところの組手、乱取りが始まりました。

 この道場ではこの練習を「周り稽古」と呼んでいました。その名の通り、動かない元となる一人を立て、グルグルと周りながら対戦相手を変えていくという練習法です。


 なお、私はこの時点では正式に入門していないので見学だけです。だけども、お互いが自由に剣で打ち合う姿はテレビで観た光景と一緒で込み上げるものがあります。

 私も早くやってみたい気持ちが、時間を追うごとに強くなっていきました。


「やめッ!」


 先生の号令に合わせて生徒達の動きも止まります。

 カジュアルな部分が強いスポーツチャンバラですが、そこは武道の要素があります。

 礼に始まり礼に終わるという、基本的な日本武道の精神がしっかりと根付いていたのです。


「やってみますか?」


 周り稽古が終えると、先生は私を誘いました。

 思いがけない形での、私の「スポーツチャンバラ初実戦」となってしまいました。

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