私は先生に誘われるまま対戦することになりました。
相手は先生のご子息で、年齢も背も経験も大きい方でした。ブンと振る剣速は速く、投げ降ろすような振られる剣筋は威圧感がありました。
無論ご子息は初心者の私に手加減をしておりましたが、ゆっくりとした動きで攻めたり防いだりするのですが、こちらは必死でした。
何せ剣を振るなど友達と一緒にやった「戦いごっこ」なる漫画やアニメ、特撮の登場人物に見立てた遊戯的な遊びでしかやったことがありません。
気分的には剣豪になったつもりでしたが、やはり実際に棒状の得物を用いて実際に叩き合うのは恐いものです。
「ワハハハハハ」
傍から父の笑い声がしました。
何故かと申しますと、私がご子息の「構えを模倣」していたからです。
スポーツチャンバラの構えは自由で、どのようにしても競技者の無手勝流。
上段、中段、下段、片手で持とうが、両手で持とうが自由なのです。
まあ、槍や棒などはケガ防止のためにあまりに無茶な構えや攻撃をしてしまったら注意の上、反則負けを宣言されることはあるのですが……。
ニッ。
面越しからご子息の笑みが見えました。
ご子息は小太刀を臍下よりも下段気味に置き、横一文字に構えています。
仮にこの構えを「下段横一文字」と名付けましょう。私もその形と同様に、下段横一文字に構えていたのです。
ご子息は自分のスタイルを真似られたので可笑しくなられたのでしょう。
何故このように相手の構えを真似たのでしょうか。おそらくは恐れから来たものだったのでしょう。
何とか相手の動きを読み取り、それに合わせることで無防備な状態を回避しようとする本能的な行動だったと思います。
スッ。
ご子息は一歩前に踏み出しました。
その一歩はまるで重力そのものが増したかのような圧を生み、空気が変わるのを感じました。
まるで狩人が獲物を追い詰めるときのような、じわじわとした迫力です。
私は無意識に足を引き、さらに剣を握る手に力が入りました――。
「やめ」
その時です。
先生の止めの合図が入りました。
私はご子息に面を打たれたと記憶しております。それも優しく、ソフトに良い加減で頭を揺さぶられたのです。
「初めてにしてはよかったよ」
そう言われたかは過去のことなので曖昧ではありますが、対戦を終えた私は先生にそのように声をかけられたような記憶があります。
まあ入門を考える人への一つのリップサービスとは思いますが、小さい頃から運動のことで褒められたことがない私は「手応え」を掴んだような気がします。
今でも思うのですがスポーツチャンバラの一つの利点に、この「すぐに対戦を始められる」というところに最大の特徴があります。
武道の厳かさ、威圧的な匂いをなるべく消し、遊戯の延長として開始できるので老若男女問わず誰でも気軽に始められるのです。
ただし、この「軽さ」と「スポーツチャンバラ」という独特な名称により、剣道や柔道、空手など本格的な武道を嗜んでいる人からは軽く見られがちな部分は否めません。
少し話は脱線しますが、私もWeb小説を書くようになってから思ったのですがライトノベルを書かれている作家さんの多くにどこか「ラノベは小説として軽く見られている」という卑屈な意見をSNS上などでよく目にしました。
ライトノベルというジャンルは、物語やキャラクターを自由に描くことができる反面「軽い」「本格的ではない」と文壇からは評価されがちです。
これはスポーツチャンバラが他の本格的な武道と比べて軽視される構図によく似ているような気が今ではしていました。
なので、SNS上で意見を述べるラノベ作家の気持ちも理解出来るのですが、肩肘張って意見を述べたところで一般や文壇の批評は変わらないので「それはそれ、これはこれ」と割りきりが大事だと思うのです。
割りきりが大事、これは私のスポーツチャンバラの経験から出た一つの答えです。
私の頃は今と少し状況が違っていて、スポチャン始めの平成の時代はスポーツチャンバラをやっている競技者の多くに剣道や柔道、空手、合気道など武道経験者が多かったのです。
そのため、武道としての側面を出そうとしていましたので、どこか他の武道と同等の位置に引き上げようという気概、スポーツチャンバラが軽くみられることの反感を感じたのですが、競技の認知度が広まり、各道場が増え、大学のサークルを中心に普及していくと「そういった軽視」は気にならない人が多くなりました。
しかし「気にならなくなる」「大衆へ広がりと普及」ということは厳しい武道よりもスポーツ、レクレーションの側面が強くなるのは否めません。
武道としてのスポーツチャンバラの教育、取り組みをしてきた私のような
軽いまま、楽しいまま、競技化の側面が強くなるだけでいいのかという疑問。
割りきりが出来ないと疑問から悩みに通じ、自分がやっていたものが虚無に転じて苦しむことになったのですから――。
「スポーツチャンバラやってみるかい?」
話の脱線はここまでにしておきましょう。
帰りの道、自転車に乗った父に尋ねられた私は「うん」と頷きます。
こうして、私のスポーツチャンバラ人生の第一歩が始まったのでした。