試合が始まりました。私の曖昧な記憶ですが、相手は確か紺色の運動着姿だった気がします。白い純白の面に細身の女の子――。
一瞬、面の奥からこちらを見つめる瞳と目が合った気がして、胸の内がざわつきました。
私は「本当にやるのか?」と自問しながらも、試合場の空気はそれを許してはくれませんでした。
うん。
女の子が相手では物凄く気まずいし、やりにくい。
少年野球でも女の子が混ざる時代となりましたが、この頃のチームスポーツでさえも男女混合で試合をするのは珍しく学校の体育のときしかありません。
私の道場には女の子が一人もいませんでしたし、学校でもクラスメイトの女子と話す機会なんて当時は殆どありません。
この個人競技であるスポーツチャンバラで、女の子と対戦するとは思いませんでした。
女性と目を向き合う気恥ずかしさが強かったのです。
それに大会での試合は初めてのこと、心臓は高鳴り緊張はより増加。
しかし、勝負は勝負――勝たなくては始まりません。
(どうしようかな)
私は中段に小太刀を置いて構えながら距離を取ります。練習では自由自在に体が動き、色とりどりの技を繰り出すことが出来るのですが、試合という実践ではなかなかに難しいものです。
時の流れがとても長く感じます。
一秒が五秒にも十秒にも引き延ばされるような感覚。
試合というものは、こんなにも静かで、こんなにも音が響くものなのか――そんなことを思った記憶が残っています。
私はただ集中して剣を前に出して構えるだけです。足さばきは前後左右と小さく動かしてことは覚えています。体の動き的には横に大きく動いていたような気がします。
これは相手の出方を伺うっているというよりも、臆病な自分が出ていたからでしょう。初めての試合なのでどう攻撃をしたらよいのかわからないからです。
それは相手も同じで、あまり剣を動かさずにジッと相手を見据えるだけでした。
無言のやりとりの中で、互いに「どうしたらいい?」と問いかけ合っているような、そんな不思議な間合いがありました。
敵であるはずなのに、どこか『仲間』のような心地さえしてしまいました。
おそらく、相手も試合経験がない、もしくは殆どなかったのでしょう。
私も対戦相手も、どう攻撃したらよいかわからず、迷いながら体を動かしていたわけです。
(どうするか、どうやるか、どう攻撃するか)
私は相手を見ながら、攻めあぐねてました。もうこの時には相手が女性とか、勝つとか負けるとかはどうでもよくなっており、この場をどう自分は選択するべきか迷いに迷っていたのです。
勝負事において、思い悩んではならない、考えて動かなければならないが無意識に自然と反応するのがベスト――。
だけども、この時の私はデビュー戦であるので緊張と不安に流されたまま戦うしかなかったのです。
スッ。
女の子が動いたような気がしました。
たぶん、攻撃を仕掛けようとしたのでしょう。いやいや、ひょっとしたら私が先に攻撃を仕掛けようと前に出たのかもしれません。記憶が曖昧です。
何れにせよ、どちらかが何らかの意思を持って行動したのは間違いありません。
「やめッ!」
その時でした。
主審の太い声が聞こえました、止めの合図でした。
どちらかが勝ったようです。
私と対戦相手は開始戦へと戻ります――。
「面あり!」
主審の旗を振る音が聞こえました。
おそらくは赤か白、私か対戦相手の面が決まったようです。
「勝負あり!」
勝負あり。
つまり、試合が終わったようでした。
そして、この試合の勝者は――。
(勝ったんだ)
どうやら、試合を制したのは私のようでした。
どうにも、無意識に繰り出した面打ちが相手の白い面を打ち据えたようなのです。確かな手応えはないのですが、買ったことだけは鮮明に記憶しております。
勝者のはずなのに、勝った実感が湧かない。
でも、試合場の空気が「君が勝者だ」と言っているようで、私はなんとなく
勝負に不思議な勝ちあり、と松浦静山の『剣談』に由来する格言ですが本当にそう思います。私は何となく勝ってしまったのです。
「面あり! 勝負あり!」
次の試合も、相手の面を打って勝ってしまったようです。
今度は私から積極的に動いて、面を打ち付けたことは記憶しております。一回戦ではなかった打った感覚も、今回ばかりは手に残っていました。
(勝つには勝ったけど……)
そして、今度の相手も女の子でした。服装とかは背格好は忘れましたが二回戦も勝ったことは覚えています。
女の子とはいえ、二回戦を進んだ相手だけに多少なりとも体が動いていましたが、私の積極的な攻撃により勝利をもぎ取ることが出来たのです。
「ベストエイトだね」
審判か、大会を手伝うスタッフかは曖昧ですが声を掛けられました。
私はこの初参加の大会でベスト8まで勝ち進んでしまったようです。自分でもよくわからないままでしたが、ベスト8と聞いて悪い気はしません。
試合場に残る選手も指で数えるほどでしたので――。
(次の試合も勝てたらいいなあ、勝ちたいなあ)
と、心の中で思う幼き日の私。
漫画やアニメ、小説の類なら主人公である私は順調に勝ち進むのでしょうが、上記に「勝負に不思議な勝ちあり」と書き記しましたが、この言葉には続きがあります。
負けに不思議の負けなし、という格言があるのです――。