「君かい、次に対戦するのは」
ベストエイトまで勝ち進んだ私に話しかけたのは、私より背の高い空手着の少年でした。おそらくは私と同い年か、上の年齢だったと思います。
どこの所属道場かはわかりませんが、フレンドリーに接してきてくれました。私よりも経験豊富な感じで大会の参加はこなれた感じがして洗練されていました。
髪型も当時のジュニアアイドルのように少し耳にかかっており、顔立ちも端正としており爽やかなスポーツマンといった印象です。
「よろしくね」
どうもその彼が次の対戦相手のようでした。この少年は内向的な私とは違い、積極的に話しかけてくれる元気な男の子で社交的でした。初対面の私に親し気に話しかけてくれ、少し緊張していた私の心を和らげてくれました。その笑顔はまるで「楽しもう」と言っているかのようで、私に安心感をもたらせてくれました。その時、私は彼が持つ剣をふと見ました。手にはもちろん小太刀が握られているのですが、剣を包む布の膨らみ加減が微妙に違っていたのです。
「これ、買ってもらった『エアーソフト剣』!」
「エアーソフト剣?」
「これ新しく出たやつなんだよ」
少年はまるで新作のゲームソフトを買ってもらったかのように見せてくれました。確かに彼の持つ剣は真新しさがあり、宝石のオニキスのような非常に美しい黒の光沢を放っていました。
――それが私とエアーソフト剣との運命的な初めての出会いだったのです。現在ではエアーソフト剣は細身となっているのですが、当時のウレタン製の剣の形状に合わせ太剣でした。
エアーソフト剣を改めて紹介すると、剣をエアーポンプで膨らませて使用するものです。当たっても痛みは少なく、安全に打ち込むことが出来ます。本当は痛くないと書きたいところなのですが、エアーソフト剣はムチ状にしなり、強く速い打ち込みをされると防具のない手や足、背中に痛みが走るときがあります。
余談ですが私の知り合いにユニークな人がいて、どこが当たったときに痛いかを検証(本人は『研究』と述べていた)していて、一番痛い部分は前腕部分、内もも、背中だったそうです。そんなわけで、現在では安全性が高いスポーツチャンバラではありますが「痛み自体はある」ということは覚えておいた方がいいでしょう。なので、それもまたスポーツ、武道要素を残すスポーツチャンバラの一部です。選手達はお互いに理解し合いながら競技をしております。安全性は考慮しなければなりませんが、痛みのないコンタクトスポーツ、武道、格闘技なんてありませんからね。それに以前の芯が入った剣の方が痛く、側頭部に強烈な扇打ちを打たれてしまったときは耳鳴りがしていましたし、小手を打たれたときは少し赤く腫れあがるときがありました。
私が始めた当初は芯が入ったウレタン製のソフト剣を使用する人が多かったのですが、この剣は試合で使うことは禁止にされ、このエアーソフト剣に移行することになります。私が人伝で聞いた話ではエアーソフト剣が開発されたのも、練習中に鼓膜が破れたり、折れにくい剣にするため硬く改造し、ケガ人が出てしまったケースがあったからとのことでした。安全と公平が重視されるスポーツチャンバラ、極力痛みやケガがないようにするためには当然の配慮だったといえましょう。
さて、彼の持つエアーソフト剣を見ていると、その鮮やかな色と新しい道具特有の光沢が目に映りました。当時の私は、まだそのような剣を使った経験がなく、その性能や感触がどのようなものなのか想像もつきません。
「始めッ!」
試合が開始されました。私は相手の間合いを図りながら、このときばかりは慎重かつ積極的に攻撃したことを覚えております。対戦相手であるエアーソフト剣を見せてくれた少年は、私よりも経験も技量も上であったと思います。私の攻撃を巧みに避け、受けるディフェンスを見せながら、自分の間合い、タイミングを図っていたと思います。
(上手くいかないな)
私は焦りと次の一手をどうするか攻めあぐねていました。一回戦、二回戦と上手く行かない現状――。動きから推察される経年値も、攻めと受けの技術も、白い道着を着ている強さの雰囲気も――相手の方が上であったことは子供ながらも感づいていました。呼吸は乱れ、心臓が高鳴ります。
「……っ!」
無声の攻撃を繰り出す私ですが、相手は涼しく見切り、受けかわします。相手は反撃を繰り出してきましたが、私は飛び退きながら何とか避けたり、攻撃が当たらない範囲まで移動しながら攻防のやりくりをしていました。その姿は滑稽だったでしょう、まるでドッヂボールが苦手な子が運動神経のいい子が投げるボールを避けるように逃げ惑っていたのです。
(攻撃しないと……)
ですが、いつまでも草食動物のように逃げ惑うわけにはいきません。自分を守らないと試合という戦いの中では生き残ることが出来ないからです。サバンナに住む水牛だって、ライオンに襲われたときは自分や子を守るために戦うことだってあるのですから――。
「ふっ!」
私は自然と呼吸が漏れ、相手の頭部へと剣を走らせました。基本の面打ち、試合でもこれで勝利してきた数少ない自分がものにした技――。
「よーし!」
刹那、主審の鋭い声が響きました。
「足打ち、勝負あり!」
足打ち、面ではありませんでした。
(……負けたのか)
私は敗北しました。
負けに不思議の負けなし、相手の技量や雰囲気に飲まれた私は下半身の防御が疎かになっていたのです。私の面打ちよりも早く、相手の足打ちの方がきまっていたのです。これが私の最初のエアーソフト剣と試合での敗北の味でした。
「最初の大会で、ベストエイトまで進むなんて凄いじゃないか」
試合に負けた私ですが、指導員の先生は何故か褒めてくれたのです。思えば、私の人生の中で初参戦するスポーツチャンバラ大会――。
「ベストエイトって凄いの?」
私がそう尋ねると指導員の傍にいた父は嬉しそうに言いました。
「8人にまで残るってことは凄いことなんだよ」
父はそう言ってくれましたが、このときの私はまだピンときていません。負けたのは事実ですし、最低でも準決勝まで進出しないとメダルというものが貰えないからです。ですが『ベストエイト』という言葉の響きは何だか悪い気はしません。これが言葉の不思議さなのでしょう。
「ベストエイトか」
日頃から練習はしていましたが、ほぼ初心者に近い状態。満足や納得は勝負事においては禁物ですが、誇ってもいいベストエイトまでの進出。
これまで勉強や運動で誇れるものがなかった私にとって、貴重な成功経験と共に少しばかりの自信を得ることが出来たのでした。
――ちなみにですが、私に勝ったあの強く爽やかな少年はいまどこで何をしているのでしょうか。
漫画的な展開でしたら、彼は終生の友人かライバルとなり得るのでしょうが出会いはこの大会まで――。他の大会や合同の練習会でも出会うことはありませんでした。
人生とは一期一会の出会いと別れの繰り返し、一つの出会いや経験は大切にしていきたいものですね。