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とつぜんのおわり

 ――突然でした。

 それは本当に突然だったのです。

 あれは私が中学生の二年生、いや三年生だったでしょうか。


「練習が出来なくなった」


 私は父からそう告げられました。

 場所は自宅だったか、道場だったか、それとも外だったかはよく覚えていません。それよりも、父だったのか曖昧で二代目に告げられたかもしれませんし、別の誰かだったのかもしれません――。


「練習が出来ない?」

「スポーツチャンバラの道場を締めることになったんだよ」


 言葉の通りでした。

 私が所属するスポーツチャンバラの道場が閉じることになったのです。

 解散です、なくなってしまうのです。

 まるで長く続いた夢の幕が、唐突に引かれてしまったような感覚でした。


 ――何故?


 率直な気持ちが私の中で巻き起こりました。あまりにも突然で、あまりにも突拍子もなく、あまりにも理不尽でした。

 中学生になる頃には、私のスポーツチャンバラの競技実績が現れており、各種地方大会でも優勝まではいかなくとも小太刀や長剣、得意な二刀流での準優勝や三位に入賞することも珍しくなかった――。

 積み重ねた稽古の成果が現れており、競技としてのスポーツチャンバラの楽しさを実感した矢先でした。


 だからこそ、突然の告知に頭が追いつかなかったのです。


「本部の巧武館が道場を閉じるんだ。本部道場がなくなれば、支部道場も閉じなきゃならない」


 そう伝えられたような気がします。

 つまり、私が所属していた道場は巧武館であり、本部の巧武館を統括する先生がスポーツチャンバラをやめてしまうようで、その煽りにより支部道場に所属する我々も練習を続けることが出来なくなった、ということでした。


 現実の社会でも、一つの決定が多くの人々に影響を及ぼすことは珍しくありません。親会社が倒産すれば、子会社も倒産するのにも似ているのかもしれません。


 日々の苦しくも楽しい稽古、緊張する大会、試合で勝つ喜び、負けたときの悔しさ、手に入れた賞状とメダル、仲間達との思い出――積み上げたものが砂上の楼閣のように脆く、一瞬で崩れてしまった。

 誰かが悪いわけではなく、理由も明白なのに、心のどこかに取り残されたままの季節がひとつ、そこにぽっかりと生まれた気がしました。


 しかし、こうまであっけないと「よくわからないけど、スポーツチャンバラをやめなきゃならないのか」と私自身は当時、実にあっさりと受け入れたような記憶もあります。

 あまり、実感がわかなかったのかもしれません。

 ひょっとしたら心の中で「また、スポーツチャンバラは続けられるだろう」という楽観的な淡い期待を抱いていたのかもしれません。


「今日は解散を記念してのボウリング大会だ」


 二代目は私達道場生を集めて、ボウリング場に連れて行ってくれました。所属するスポーツチャンバラの道場の解散を記念してのボウリング大会です。

 私達道場生は主に中学生や小学生が殆ど、みんなボウリング玉を投げていきます。ストライクをとれば大いに盛り上がり、ガーターになれば笑い声が響きます。

 それは心に空いた穴に、ぽとりと光を落とすような明るいものでした。

 寂しさより先に、静かな受容が広がっていたのです。

 みんな泣くことも、怒ることもなく、ただその日常が音もなく終わっていくことを受け入れていたのです。


「みんな、買ってきたわよ。好きなものを食べなさい」


 途中、二代目の奥様が現れました。

 その手には某有名ファーストフード店の紙袋が握られています。もちろん中には、チーズバーガーやテリヤキバーガーなどのハンバーガー、フライドポテトがあり、みんなが好みのものを選んで美味しく頂きました。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、ボウリング大会も終了。

 外はすっかり暗くなり、夜となっていました。

 空には、美しい星々の輝きが広がっていればいいのですが、私が住んでいる場所は地方都市ですので、それは望めませんでした――。

 別れの儀式は、涙よりも笑いに包まれていました。

 最後の最後まで、私達は剣ではなく笑顔を交わして、互いの姿を目に焼き付けていたのだと思います。


「これでおしまいか」


 肌寒い外。

 私は、父と一緒に帰宅する中で密かにそう思っていました。

 ああ、これでスポーツチャンバラは終わるのかという想いです。

 しかし、その感情は不思議と重くはありませんでした。ただ、一つの習慣が静かに終わるだけ、それだけなのですから……。


「新しい練習場所が見つかったぞ」


 暫くしてから、やおら父からそう告げられました。

 新しい練習場所、というフレッシュで希望を感じさせる言葉のフレーズが心に響きます。

 冬が終わり、固く閉じていた蕾がふと綻ぶような感覚でした。

 あの日の道場の笑い声が、またどこかで響くのだと思うと、胸の奥が少しだけ温かくなったのを覚えています。


「今度から、小学校の体育館が練習場所だ」


 それは私の心の中で描いていたものが現実になった瞬間でした。ずっと心の奥底で「またどこかで続けられるかもしれない」と信じていた、その淡い期待が形となって現れたのでした。


「どういうこと?」

「先生が新しく道場を立ち上げるんだよ」


 なんと二代目は、私達のためにスポーツチャンバラの道場を独立して立ち上げてくれたのでした。

 新たな稽古場所は、二代目が住まれる地区の小学校の体育館、そこが我々のホームグラウンドです。

 舞台が変わっても、私たちが振るう剣は変わらない。

 稽古着の重みも、仲間の笑い声も、全部そのまま連れて、新しい季節へと歩き出すのです。


 終わりがあれば、始まりもある――。

 こうして、私のスポーツチャンバラ人生は新たな章を迎えるのでした。

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