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二刀流での金メダル

 小学生から中学生に上がると、それなりに力というものがついてくると苦しくとも楽しい稽古をこなせるようになってきます。


 力といっても、持久力的な基礎体力なのですが、思い出すと私の中学の体育教師は拓殖大学出身の元陸上部員の経歴を持っていました。

 そのため授業の殆どが、スプリントやハードル跳び、ランニングなど道具のいらない人間の基礎体力を使ったものばかりでしたので「春夏秋冬、走らせてばっかりだな」と愚痴をこぼしたものでしたが、そのお陰で体力が向上したのかもしれませんね。


「これから、二刀の稽古をする」


 二代目が右手に長剣、左手に小太刀を握り『二刀』の構えを披露します。そう、スポーツチャンバラに二刀の種目があります。スポーツチャンバラの得物は小太刀、長剣、短刀、棒もしくは杖、槍の種類があるのですが、種目自体は二刀を始め、盾小太刀、盾長剣、盾短刀など豊富にあるのです。

 ただ、我々の頃はまだ二刀と盾小太刀くらいなもので、盾長剣、盾短刀は後から追加された種目だったと記憶しております。


「二刀で構えるときは、ハの字のように構えて!」


 二代目はお手本を披露します。利き手には長剣を持ち、やや斜め中段に置き、逆手に持つ小太刀はこちらもやや斜め中段に置き、頭部をカバーするように構えています。他のクラブや道場ではわかりませんが、これは私の道場で教えてもらった『二刀流の基本構え』です。


 さて、二刀での戦い方ですがオーソドックスな戦法としては、利き手に長剣で攻め、もう片方に持つ小太刀で防御するというものです。器用に使い分けるには稽古の積み重ねが必要です。


 私も長い年月で何とかわかってきたのですが、全ての攻撃を小太刀で防ごうと難しく思ってはいけません。受けようと考えているうちに打たれてしまいます。

 私なりの二刀流での戦法を一つ説明すると、基本的には長剣の攻防だけで試合を運び、どうしても防御出来ない時に小太刀を出して受け止めるか、空いている位置に小太刀を置くことを意識します。

 空いている位置に小太刀を置く――をもう少し説明します。長剣で相手の面や胴、小手を攻める場合は足をカバーするために小太刀を下段に置き、長剣で相手の足を攻める場合は頭部が空くために小太刀を上段に置きます。こうすることである程度、戦えるようになるので是非スポーツチャンバラ初心者の方は試してみて下さいね。


「むむむ」


 ――申し訳ございません。

 実用書みたいな蘊蓄はどうでもいいですよね。

 ちなみに、私はこの『二刀』という種目にかなりの思い入れが強いと自負しております。

 子供の頃に宮本武蔵の歴史時代劇を何度も視聴し、大小の刀を扱う独特の戦法、またその強さに憧れのようなものがインプットされたのか、二刀流のキャラが出てくると注目もしますし、血が湧き踊る感覚があります。従いまして、大会でもこの二刀という種目に気合を入れて臨んでいましたが、結果は出ずによくて二回戦負けが殆どでした――。(余談ですが、私が小学生の頃は、子供が二刀に出場する場合は『小太刀二刀』で参加することが義務化されておりました)


「か、勝っちゃった」


 と、そんな私でしたが『二刀流開眼』となる事件がありました。それはある地方大会でも大きめの大会、中学生二刀の部に出場した私はベストエイトまで進み、何と相手を撃破して準決勝まで進んでしまったのです。


「これに勝ったらメダルが貰えるぞ」


 準々決勝前、謎にプレッシャーをかけてくる気のいい審判員。その言葉に緊張しながらも、私は何とか勝つことが出来ました。


「足打ち勝負あり!」


 続いての準決勝は足打ちでの勝利。自分自身でもよく覚えていないのですが、相手が攻撃して踏み込んできたところを打った記憶があります。反射的に出た技でしたのでよく覚えていません。数をこなす反復練習は、こういった無意識での動きを具現化するためにやるのかもしれませんね。

 兎にも角にも、私は決勝の舞台へと進むことになりました――。


「次、決勝だぞ!」


 気づいたら二代目がいて声をかけてくれました。私の父ですが、どうも大会の手伝いに駆り出されてしまっていたようで残念ながらいません。私は師に見守れながら決勝へと向かいます。


「お互いに構えて!」


 相手は私よりも背が遥かに高い人でした。というよりも、私が小さすぎたのかもしれません。


「始めッ!」


 審判の合図により、中学生二刀の部の決勝戦が開始されました。相手は長剣と小太刀を前に出して大きく構えています。まるで羽を広げる鷹のようでした。


「フゥ……フゥ……」


 緊張のあまり呼吸が乱れます。

 私の構えは亀のように鈍重な体勢だったでしょう。体は前屈み、長剣はやや斜めに向けながら上段に置き、小太刀は下段に置きました。このときの私は自分から攻撃せず、待ち剣に徹している状態だったと思います。おそらく、攻撃のタイミングを図れずに攻めあぐねていたのかもしれません。何にせよ集中――集中して相手を見据えていました。


「ッ!」


 ここで、不思議で奇妙な現象が起きました。

 私の頭の中には何故かゲームの映像が浮かんだのです。戦闘開始時にキャラが攻撃する際、剣を構えるのですが、その映像と自分の構えがシンクロしたような気がしたのです。


「よーし!」


 気づいたら審判の止めの合図が入りました。

 面を打ったのか、小手を打ったのか、足を打ったのか――全く覚えておりません。私がどうにも先にカウンターを決めていたようで、一本を先取していたようでした。


「二本目! 始めッ!」


 基本的にスポーツチャンバラの試合は一本勝負なのですが、決勝だけは三本勝負で勝者を決定します。つまり、私がもう一本打ち込めば『優勝』となってしまったわけです。初めての決勝の舞台、頭では理解していましたが現状をよく呑み込めず「まだやるんだ」という気持ちが強かったと思います。

 相手も決勝戦まで勝ち上がった猛者、最初はラッキーヒットに近い形でしたので巾着状態が続きます――。どちらも間合いを取りながら、剣を振りお互いを牽制しながら攻撃のタイミングを図ります。


(勝てるのかな、勝てるのかな)


 そんな不安な気持ちが強くなります。本当に勝てるんだろうか、自分よりも背が高く、剣の振りも早く見える。そんな相手に自分が――。


 ――バシッ!


 何かを強く叩きつける音が響きました。

 大きな音だったと思いますが、それは自分が脳内で都合よく作り出した音で本当は小さかったのかもしれません。


「足あり! 勝負あり!」


 審判の旗が私に上がります。

 そう、私は相手の足を叩いたようでした。

 ――いや、本当に足だったのか? もしかすると面か胴だったのかもしれません。

 何にせよ、私が相手の体を剣で打って勝利したことは間違いありません。


「お互いに礼ッ!」


 礼をしてから、試合場を降りる私はまだ現実を掴めておりません。


「おめでとう、優勝だな」


 試合を終えた私に、二代目が話しかけてくれたとき――私はやっと自分が『二刀の部で優勝した』ことを自覚するのでした。


「これが金メダルか」


 大会終了後、私は家で『優勝の文字が刻まれた賞状』と『煌びやかに光る金メダル』を眺めます。

 私の人生において初めての成功体験は、この二刀での優勝と共にやってきたのでした。


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