二代目と、その隣に座る父が上座に並び、私たち道場生は下座で互いに正座して対座します。これは剣道式、あるいは柔道式の格式高い日本武道流の礼法です。
「これより稽古を始めます。お互いに礼ッ!」
新たなスポーツチャンバラの道場が産声をあげました。その名も『
この私達の新たな本拠地名の由来は『常栄区』にある『青塚小学校』をシンプルに並べただけのもの。
他の道場のように華やかさ、派手さ、かっこよさ、奇抜さが全くありませんが、その実直で真っすぐな名の響きが武道の精神そのもののように感じられるとも言えます。名前などどうでもいい、もう一度スポーツチャンバラという競技が出来ることに喜びを感じていました。
大切なのは、どこでやるかでも、誰とやるかでもなく、剣を振れるという事実でした。
どんな名前でも構わない――その剣の軌道に、かつての仲間達の記憶と、これからの物語が重なっていくのです。
「それでは構えて、面打ちを10回打ち込みます!」
新しいクラブ名、新しい練習場所、新しい環境――だけども、やることはこの常栄青塚クラブでも変わりません。剣を振り、ミットを打ち、対人戦を行う。
繰り返し、繰り返し、ただひたすらに繰り返す――。
それはまるで、静かに水を湛える井戸のような時間。
一見同じことの繰り返しに見えても、ほんの少しずつ、確実に底には何かが積もっていくのでした。
「面を打て! 面ッ!」
「面ッ!」
「小手を打て! 小手ッ!」
「小手ッ!」
「足を打て! 足ッ!」
「足ッ!」
そんな変わらない常栄青塚クラブの環境なのですが、唯一変わったことといえば、道場生の数が減ったことでしょうか。一緒に汗を流した旧道場生は私と同じ小学生、あるいは中学生でしたが、殆どの人はスポーツチャンバラという競技自体を卒業していきました。道場が新しく生まれ変わるといっても、そのまま続けるわけではありません。
ある人は場所が理由で、ある人は部活動に力を入れるため、ある人は進学のため――それぞれが、それぞれの生活や目標があります。そこは就職や転勤、転職あるいは結婚により辞めていく大人と一緒です。
「ミット打ちをやるぞ」
指導員から常栄青塚クラブの副代表になった父の声が響きます。私、二代目のお子さんである兄弟、そして――。
「よろしくお願いします」
どこで知ったかはわかりません。インターネットはまだそれほど一般的ではない時代でしたが、何かしらの情報媒体でこのスポーツチャンバラと常栄青塚クラブのことを知った家族連れが入門してきました。
旧道場に比べると平均年齢が上がり、私も剣友である二代目の弟さんも中学生から高校生へと進学する寸前でしたので、雰囲気も多少なりとも変わってきました。子供の遊戯から、大人の競技になろうとしていました。
「次、周り稽古を始めるから並んで」
準備体操、素振り、ミット打ちの基本練習が終われば、二代目の指示に合わせ周り稽古、打突の模擬練習へと移ります。入門してきた家族連れは自分より年齢は上で、子供は私よりも下。全員がスポーツチャンバラの初心者ということもあり、全員が後輩ということになります。
後輩といっても、この当時の私は高校へ進学する前ですので先輩としての細かな指導は全くできません。現役の選手ですので自分が上手くなる、強くなることに精一杯でしたので打ってくれば打つし、避けれそうな攻撃であれば受けたり、かわしたりします。細かい技術指導、アドバイスをせずに自分勝手に相手を遠慮なく打ち込んでしまっていました。
自分が上手く打つことだけを考えて、後輩の成長に目を向ける余裕がなかった――正直、あまりいい先輩ではなかったと思います。
しかし、人間というものは繰り返しの稽古を重ねるうちに上手くなるもので、当てられていた攻撃も当てられなくなり、受けたり、かわしていた攻撃も当てられるようになっていきます。人間はすぐには上手くならず、繰り返しの単純作業をやることでやっとものになっていきます。
「あっ……やられた」
新しく入門した人達が上手くなれば、自分も稽古に張り合いが出てきて技術を向上させようと体を鍛えたり、研究するようになっていく――。
いい刺激、新しい風が入れば好循環となり、自然と稽古に熱が入り、流されるようにやっていた稽古も、自主的なものへと変わっていきました。
気づけば休憩の合間に素振りをしたり、構えや技を工夫するために小太刀や長剣を握り、あれやこれやとどうするか考えたりしていました。
剣の音。
足音。
気合の声。
そうした道場の空気が、確かに私の心をもう一度、熱くさせてくれたのです。
道場の名前も、場所も、雰囲気も変わってしまいましたが、新しく誕生した常栄青塚クラブで、私はスポーツチャンバラの剣士として更なる成長を遂げていくことになります。
仲間が減っても、道が変わっても、剣を通じて心を繋ぐことは変わらない――それが武道というものの、不思議な力なのかもしれません。
始まりも、終わりも、全ては通過点にすぎません。
ただそこに、剣があり、師がいて、仲間がいて、私がいた。
そしてこれからも――剣を握るかぎり、私の物語は続いていきます。
※本作品に登場する『常栄青塚クラブ』並びにその所在地名は、実在のものではなく架空の名称です。実在の団体や施設とは一切関係ありません。