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第20話:シヴァ犬(1)

 レオンが鼻の下を伸ばしまくっていると、バーレがさも苦々しい表情でこちらを見てくる。本当にバーレは失礼な奴である。こちらを信頼している雰囲気をまったく出していない。


「ったく……ミルキーに変なことするんじゃねえぞ?」

「変なことって、レオンさんのことー? レオンさんは勇者だよー? 変じゃないよー?」


 ミルキーはこちらに抱き着いたまま、顔だけバーレに向けている。彼女はご機嫌だ。そんな彼女の表情を見ながら、バーレがぼりぼりと頭を掻いている。


「ああ、もう……レオン。これからのことも話そうと思ったが、ミルキーがこれじゃどうにもならん。お前が責任持って宿に運ぶんだ。いいな?」

「おう。俺は紳士だ。前後不覚の女性をどうこうしようとか、そんなことは絶対にしない」

「それなら、いいが……。冒険者用の宿屋は冒険者ギルドを出て、右の方へ10分も歩けば、たどり着く。左の方はラブホ街だ。間違えるなよ?」


 念を押された。本当にバーレは失礼な奴だ。バーレを無視して、ミルキーを背負った。彼女の身体はお酒のエネルギーをたっぷりと含んでいるため、とっても温かい。


(おっふぅ……密着感がたまらんっ!)


 ミルキーを背負ったまま、冒険者ギルドの出入り口のドアをくぐる。わざとらしく顔を左右にきょろきょろと振る。


「バーレ、すまん。俺は左の方へ行く!」

「って、思ってたよ! 右だって言ってんだろ!」

「バーレ、お前、ついてきたのか!?」


 バーレはエクレアとともに、いつの間にやら、自分たちの後ろに立っていた……。


◆ ◆ ◆


「んじゃ、俺は先に行くぜ。部屋まで頼んだ。それと明日はもっとデカい依頼を受けに行くぞ。寝坊すんじゃねえぞ?」


 バーレは宿屋につくなり、カウンターの向こう側に立っている禿げ親父から、部屋の鍵を受け取っている。そして、隣のエクレアを連れて、宿屋の奥へと消えていった。


 自分はこの宿屋を初めて利用するため、ミルキーともども、カウンターの前で居残りすることになった。


「じゃあ、ここにサインな。部屋はどうするんだい?」

「一番高いやつで頼む」

「はぁ!? お前、どう見ても駆け出しだろう!?」

「うるせぇ! バーレたちが怪しんで戻ってくる前にさっさと手続きしなきゃならんのだよっ! わかれよっ!」

「へいへい……なんて勇者様だ……」


 宿屋の主人である禿げ親父が「やれやれ……」と肩をすくめている。そんな所作を見ている時間すら、こちらは惜しいのだ。さっさと手続きを済ませてほしい。


「はいよ。スイートルームの鍵だ」

「これが利用料だっ!」


 禿げ親父から鍵を受け取ると同時に、叩きつけるようにカウンターの上にある青色の会計皿の上に5000ゴリアテとなる銀貨5枚を置いた。


 禿げ親父は蔑みが込められた色の瞳でこちらを見てきたが、これ以上、彼の相手をしている余裕はない。目当てのスイートルームは宿屋の2階にある。


 ミルキーを背負いながら、その階段を一段ずつ、噛みしめるように上る。それと同時にミルキーを背負い直す。


「んふぅ……うぅん……いやぁん」

(ふあああ……天国に昇る階段だよ、ここはぁ!)


 だが、レオンは背中に背負うミルキーに集中していたため、さらに自分の後ろをこっそり音も立てずに近づいてくる女性にはまったく気づかなかった。


 その女性は手にフライパンを手にしていた。女神の神罰は音もなくレオンに忍び寄る……。


 今の浮かれきったレオンは数時間後、女神ユピテルが放った神罰によって、こんがりとまる焼けになることなど、この時は思いもしなかった……。


◆ ◆ ◆


「うぎゃぁ! もうやめてぇ! いろんなものが飛び出ちゃうぅ!」


・女神からのコメント:えらいぞ! 5分経過~♪ すけべのレオンくんにサービス、サービス♪ もう5分追加ね~☆彡


◆ ◆ ◆


「ふぅ……、気持ちのいい朝だなっ。電気椅子のおかげで、俺は生まれ変わった気がする」


 レオンは電気椅子に無理やり固定された後、じっくりと10分ほど、こんがりと焼かれることになる。


 オダーニ村を出立する際、渡された防具は電気椅子のおかげでボロボロになった。しかしながら、歴戦の戦士が着ている防具のような勇壮感を十分不可欠なほどに醸し出していた。


 寝室に入るなり、マントはすぐに脱ぎ捨てていたおかげで、唯一、マントは新品である。


 それを羽織ることで、見た目のバランスがかなりおかしいことになっていたが、レオンはさほど気にすることはなかった。


 このアンバランスな恰好こそが、今の自分にふさわしい。前後不覚の女性相手に、未遂だったとは言え、逃れようのない罪を背負ったのだ、レオンは。


「女神様、ありがとうございますっ。道を踏み外しそうになったら、また、俺を叱ってくださいっ!」


 レオンは生まれ変わった気分になった。それほどに強烈な電流が身体を駆け巡った。それと同時に悪しき心までも、電流によって、洗い流された気分になった。


 そんな彼の頭の中に「ちりりーん♪」というベルが鳴るような音が聞こえてきた。なにが起きたのかと、レオンは頭をきょろきょろと振ってみる。すると、善行スクリーンが開いた。


・これまでの蓄積は-204ポイントです。

・女神からのコメント:反省は猿でもできますよ~。宿屋の前で掃き掃除でもして、善行ポイントを貯めておくといいわよ~。


「ありがとうございます、女神様。てか、清掃活動でも善行ポイントって貯めれるんですかー!?」


 善は急げと、トイプードルのようなアフロになってしまった頭のままで、階段を下りていく。そして、朝から眠そうに大あくびをしている禿げ親父とカウンター越しに向かい合う。


「うおっ! おめー、その頭と格好はどうしたんだ!?」

「俺のことはどうでもいいっ! 俺は昨夜、狂っていた。今日から正しく生きる!」

「お、おう……あの女魔法使いにコテンパンにされたんだ……な」

「説明が面倒だから、そういうことにしておく。親父! それよりも箒とちり取りを貸してくれ!」


 禿げ親父はカウンターのすぐ後ろにあるドアを開けて、その奥へと消えていく。数分後にカウンターに戻ってくると、彼の手には箒とちり取りがあった。それを奪うようにして受け取り、急いで宿屋の外へと出た。


「うわぁ……やっぱ都会だなぁ……」


 今は朝の5時といったところだ。4月の終わりということもあり、外はだいぶ明るくなっている。


 だが、それでも気持ちのいい朝というわけにはいかないほど、道にはゴミが散乱していた。


 喰いかけのフライドチキンに、中身が半分以上残っているフライドポテトの包み紙があちらこちらに散乱していた。


 それをさらにキラキラと彩る割れた酒の瓶。徐々に明るくなっていくことで、リゼルの街の汚さが浮き彫りになっていく……。


「嘆いても仕方がない……俺が出来ることを少しでもやろう」


 ゴミをひとつ拾うたびに、頭の中で「ちゃりーん♪」とコインが鳴るような音が聞こえた。


 そのたびに善行ポイントが1ポイントづつ、加算されていくのを展開する善行スクリーンで確認できた。


「うん? ゴミひとつ拾うだけで、善行ポイントが1増えてる……。こんなに簡単に増えていいのか?」


 レオンは疑問を抱いたが、その疑問は善行ガイドブックの第1条:女神への敬意:女神の言うことは全て真実であり、疑うことをしてはいけないに抵触する恐れがある。


 レオンは首を振って、疑念を頭の中から外へと追い出した。


 善行ポイントがあまりにもマイナスに振り切っている。ゴミを拾ったところで、ゼロに近づくのがとんでもなく遠いように思えて仕方がない。


(女神様は俺に教えてくれているのかもしれない。善行の道もゴミ拾いひとつから……だ! こういう地道な努力こそが……魔王に抗うための力が俺に宿るんだ!)


 レオンは昨夜の行いを反省しつつ、懸命に宿屋の前の清掃に努めた。しかしながら、箒で掃けども、終わりが見えてこない。


 少し休憩しようと、宿屋の入り口付近にある植え込みのレンガ部分に腰を下ろした。そこにシヴァ犬がこちらへと駆け寄ってきた。


「よーしよしよし。可愛いシヴァ犬だ。野良犬じゃないな。首輪してる。えっと、飼い主の名前は……えっ、ちょっと待って? 創造神マルス!?」


 レオンは自分の目を疑った。この世界の三大神の一柱こと、創造神マルスの名札がシヴァ犬の首輪につけられていた。


「どういうことだ? なあ、お前。創造神様の飼い犬なのか?」

「ボク、家出してきたワン。マルスパパには感謝してるけど、たまには下界で遊びたかったんだワン」

「犬がしゃべったーーー!? マルスパパって創造神様のことだよね!?」

「あれ? ボクの声が聞こえてる? おかしいなあ。今はちゃんとシヴァ犬に擬態しているんだワン」


 レオンはがくがくぶるぶると恐れおののいた。女神の兄神が創造神だということは、この世界の常識である。


 兄神の飼い犬に粗相でもしようものなら、妹にあたる女神から、どんな神罰を喰らわされるかわかったものではなかった。


 レオンはニンゲンでありながらも、急いで目の前のシヴァ犬に平伏した……。

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