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第25話:チンピラ退治

§


 レオンは仲間たちとともに冒険者ギルドを訪れた。しかし、昨日とは打って変わり、ピリピリとした空気が冒険者ギルドに流れていた。


 それもそうだろ。受付のお姉さんをカウンター越しに怒鳴り散らかしているモヒカンのチンピラたちがいたからだ。


 その数、5人。彼らはやんややんやと受付のお姉さんに詰め寄っている。


「朝から何を揉めてんだ?」


 バーレが遠目にチンピラを見ている。レオンもバーレにつられるようにチンピラに注視した。


 彼らは革ジャン、とげ付きの肩パット、さらには両手にメリケンサックを装備している。まさにチンピラと称してよい恰好だ。


「なんでこんなに報酬が少ないんだぁ!? こっちはゴブリンを100匹も倒したんだぞ!」

「嘘おっしゃい! 報告では3匹しか倒してないってなってるわ!」

「ぐぐぐ……! 可愛い顔してるからって、本当のこと言いやがって! 真実はヒトを傷つけるって教わらなかったのか! 泣いちゃうぞ!」

「はんっ! せめて10匹倒してから出直しておいで!」

「ちくしょぉ! 俺らがそんなのできるわけないっしょ! 報酬に色をつけてちょうだいよぉ!」


 メリケンサックを装備した手でガンガンとカウンターを叩いている。その甲高い音がこちら側に届くや否や、レオンの後ろにいるミルキーとエクレアが震え上がった。


 レオンは眉間に皺を寄せる。女性陣が怖がっている。そうだというのにチンピラどもは受付のお姉さんに詰め寄っている。


「レオン、どうにかできない?」

「俺に任せておけ」


 ミルキーの声は怯えていた。レオンはこくりと頷き、ひとり、チンピラたちの下へとゆっくり歩いて近づいていく。


 その時、レオンの目の前に善行スクリーンが開く。


A:右ストレートでぶっ飛ばす:★★

B:左のフックでぶっ飛ばす:★★

C:いきなり暴力は駄目だ、まずは話し合おう:☆☆☆


 レオンは「ふむ……」と少しだけ考え込む。女神のお勧めはCだ。何故、Cを勧められているのかと訝しむ。


 その理由を知るためにも、足を止めて、後ろを振り向いた。ミルキーとエクレアが身体を寄せ合っている。


 チンピラたちの蛮行に怯えているのがはっきりとわかる。ここで、自分が暴力で解決することは彼女たちに良い印象を与えないのであろう。


(女性の前で、暴力で解決するのはいけないってことか……わかったぞ!)


 レオンはパンツ一丁の姿のままで、受付のお姉さんとチンピラの間に割って入る。そこで、格好よくマントを翻してみせる。


「お姉さん。ここは俺に任せてほしい」

「見習い勇者(むっつりすけべ)のレオンくんじゃない! 助けてくれるの?」

「むっつりすけべまで口にするのはやめて!? そこは短く切りよく、勇者くん! にしてもらえませんこと?」

「でも、あたしにいいところを見せたくて、割って入ってくれたんでしょ?」

「うぐっ! それは否定できませんっ」

「んもう、かわいいんだからっ!」


 受付のお姉さんはカウンターから身を乗り出して、こちらの身体に腕を回してくれる。そして、チンピラどもに見せつけるかのようにぐいぐいと頬ずりしてくれる。


 こちらが鼻の下を伸ばしていると、目の前にいるチンピラどもの顔が真っ赤に染まっていく。


「ま、待て。ここは話し合おう! 人類皆、ともだちの輪って言うだろう? なっ!?」

「ああん! 俺たちのアイドルの受付のお姉さんに頬ずりしてもらいながら、話し合いだと!」

「これは不可抗力だっ。あふん! お姉さん、やめてっ! 乳首をいじっちゃらめぇ! 今、そういう場面じゃないからぁ!」

「うらやまけしからん! おいらたちもお姉さんにもてあそばれたいんだよぉ!」


 目の前のチンピラが激昂しているというのに、受付のお姉さんが指先でこちらのむき出しの乳首をいじってきた。乳首から言いようもない快感が電流となって全身を駆け巡る。


 腰砕けになってしまい、その場でへたり込んでしまった。しめたとばかりにチンピラが自分を取り囲んでしまった。


「やめろっ! 俺に手を出すとどうなるか、わかってるのか!?」

「うるせぇ! 見習い勇者(むっつりすけべ)に何が出来るってんだっ!」


 レオンはげしげしとチンピラどもに踏まれてしまう。ごつごつとしたブーツの底で踏まれるたびに、左腕から快感の波が押し寄せてきた。


 それだけではなかった。チンピラから与えられる痛みと左腕から溢れる快感の波が交差する。


 その度にトゥンク……と胸が高鳴り、さらには下腹部に熱が籠る。チンピラによって新しい扉が開きそうな感覚に襲われる。


「本当にやめろっ! これ以上、俺を刺激するな! 気持ちよくなって、とんでもないものが飛び出ちゃう!」

「飛び出るって……イカ臭くて白いあの魔液か?」

「まさか……踏まれるのが気持ちよくて発射しちゃうってこと?」


 チンピラたちがお互いの顔を見合いながら動きが止まった。それを機に、上半身を起こすことに成功する。


 しかし、完全に立ち上がる前に、チンピラがこちらの動きに気づいてしまった。チンピラたちの動きから、彼らがとてつもない緊張感に包まれていることが見てとれた。


(まずったな……身体を起こすべきじゃなかった)


 チンピラたちはこちらを囲むのをやめて、一か所に集まる。こちらの次の動きに注目していることは確かだ。


 彼らを落ち着かせるためにも、左手を前に出して、彼らを静止させようとした。


「こ、こいつ! 何かする気だなっ!」

「ちがう、落ち着けって! ナイフを取り出すなぁ!」


 まったくもって逆効果であった。なんせ、こいつらは5人もいながら、ゴブリンを3匹しか倒せなかったヘタレでビビりだ。


 そんな彼らを刺激しないように注意はしたが、こちらが予想していた以上のビビりだ。こちらの配慮は無駄になる。


 チンピラたちは一斉にナイフを取り出し、じりじりとこちらへと近づいてくる。その蛮行を手で静止しようと、もっと左手を前へと突き出した。


「も、もう勘弁ならねぇ! 俺たちは悪くないからな!? お前が変な動きを見せたからだぁ!」

「だあああ! なんで、こんなことになっちゃうのぉ!」


 チンピラたちが手に持つナイフがギラリと光る。それがゆらゆら揺れている。レオンは絶対絶命であった。だが、その時、レオンの左手の先に黒い雷球が突然、出現した。


 レオンは目を皿のように丸くするしかなかった。自分はチンピラたちを攻撃する気なぞ、一切なかった。だが、レオンの意思に反して、左手の先から雷球が発射されようとしていた。


「ぬぐぁ! 魔王、お前の好きにはさせんわっ!」


 レオンは急いで右手を左腕の下側へと持っていき、さらには上へとかち上げた。黒い雷球が左手から放たれる。


 黒い雷球はチンピラのひとりの頭を軽くかすって、さらに渦巻いた。冒険者ギルドに集う冒険者たちが頭を抱えて、その場でしゃがみ込んだ。


 暴風と発光が冒険者ギルド内に吹き荒れた。ついには雷球は上へと跳ねあがり、冒険者ギルドの天井に大きな穴を開ける。


 雷球が飛んで行ったあと、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。レオンはスッと立ち上がり、わなわなと身体を震わせる。


「……だから言っただろ! とんでもないものが飛び出ちゃうって!」

「お、おかーちゃーん!」


 チンピラたちはナイフを放り投げ、逃げるように冒険者ギルドから飛び出していく。その後ろ姿を目で追いながら、レオンは「くぅ……!」と唸るしかなかった。


 冒険者ギルドの天井からはぱらぱらと木片が降ってきた。レオンは出来上がった大穴を一度見る。そこから視線を移動させて、バーレを見た。


 バーレは雷球の余波を受けて、髪型がアフロに変わり、さらには呆けた顔をしていた。


「バーレ……口裏を合わせてくれ。これはチンピラがやったことだ」

「あーーー。無理じゃねえかな」


 バーレは魂が抜けたような顔になっている。今の彼の様子を見るに、レオンを擁護してくれそうもない。なので、次にミルキーに視線を向けた。


「ミルキー……俺は悪くないっ!」

「ええーーー!? どう見ても、レオンさんがやったことですよぉぉぉ!」


 ダメだった。ミルキーも擁護してくれそうもない。仕方ないのでエクレアの方に顔を向けた。彼女は瓶底メガネであるというのに、目がキラキラと輝いているのがわかる。


 レオンはエクレアと視線を交わしたことに後悔した。だが、後悔、先に立たずという言葉が頭の中をよぎるだけであった。


「勇者様ぁ! 抱いてぇ! 今すぐここでぇ! もう濡れ濡れよぉ!」

「いや……そうじゃなくてですね。俺がやったことじゃないって言ってほしいんです」

「何を言っているのですかぁ!? 勇者様の力がすごいって証明なのですよぉ! 冒険者ギルドに頼んで、天井の大穴をそのまま残してもらいましょうよぉ!」

「ダメだよっ! 勇名どころか、悪名にしかならないからっ!」


 てんで話にならない。仲間たちをアテにするのはやめることにした。レオンは受付のお姉さんのほうへと振り向き、力なく、お姉さんと会話する。


「すみません。やりすぎました」

「うん、やりすぎちゃったねー」


 受付のお姉さんはカウンターの上にスッ……と紙を1枚、差し出してきた。それは天井の修理代が書かれた請求書であった。


「えっと……持ち合わせがないんで、ツケになりませんか?」

「うん。上の方にはかけあっておくね。レオンくんだけが悪いわけじゃないから」

「ありがとう……ございます」


 レオンは請求書を手に取る。並んだゼロの数を見ているだけで、気が滅入ってしまう。落ち込むレオンの頭の中で「てってれ~♪」という陽気な音が流れてきた。


・今回、貴方が獲得した善行は朝の清掃も含めて30ポイントです。

・これまでの蓄積は-174ポイントです。

・女神からのコメント:これは善行ポイントが大きくマイナスになったせいね。魔王の力をお漏らししちゃったのかも。注意してね! 絶対だよ!


(マジか……さっきの雷球発射は俺の意思じゃないってのは、これで確定か。くそぉ! 魔王めっ、俺をトラブルに巻き込みやがって!)


 レオンは悔しい顔になる。善行ポイントはマイナスのままだし、冒険者ギルドの天井を破壊したことで、多額の借金も背負った。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことであった。


 だが、そんなレオンに対して、またしても女神からの助言が送られてきた。


・女神からのコメント:腐る前に自分が昨夜、ミルキーにしようとしたことを思い出してね♪


(くっ! あれも不可抗力だと思うんですよねっ! 魔王が俺の身体を操ったんですよっ。俺はミルキーにやらしいことをしたい気持ちは……)


・女神からのコメント:そう? お酒に酔ったミルキーは色っぽかったわよ?


(うん、あったな。俺は清廉潔白ですなんて、口が裂けても言えんわっ!)

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