「よっし! 次はミルキーの番だ! いっちょ、ぶちかましてやれっ!」
「はいっ! むむむ! アイス・ボール!」
ミルキーは右手でマジックワンドを振る。その姿はオーケストラを正しい方向へと導く
直径1メーテルの巨大な氷塊がミルキーの頭上に現れた。ミルキーがマジックワンドをクルっと回す。それに合わせて、氷塊が自転する。
回転力を得た氷塊はミルキーのマジックワンドの動きに合わせて、ミルキーの前方へと勢いよく飛んでいく。
「ぶべっ!」
氷塊は見事、命中した。ミルキーの前方でゴブリンたちの動きを制御していたバーレの後頭部に……。
「良い一撃だった……ぜ」
「バーレさん! すみません! あわわ……」
バーレがミルキーに向かって、サムズアップしている。ミルキーは大慌てだ。エクレアの瓶底メガネはずるりと滑り落ちそうになり、斜めになっている。
レオンはタラリと冷や汗を流す他無かった……。
「えっと、ミルキーさん……?」
「うひゃい! アイス・ボール!」
「うぎゃぁ!」
ミルキーに声をかけたことは大失敗であった。ミルキーは慌てて次のアイス・ボールを作り出して、大急ぎでそれを発射した。
しかし、それは前方ではなく、ミルキーの後方にいるレオンへと飛んできた。レオンは氷塊をぎりぎりで躱すが氷塊は地面を穿ち、大量の土砂を舞い上がらせた。
それに巻き込まれたレオンはごろんごろんと転がり、さらには顔を木の幹にぶつけることになった。
レオンは真っ赤になった鼻を手でさすりながら、立ち上がる。ミルキーの方を見ると、彼女はまたしても大きな氷塊を作り出していた。
レオンは「ひぃ!」と言いながら、両腕を身体の前へと持っていき、防御体制を取る。しかしながら、今度はちゃんと氷塊は5匹のゴブリンの方へと飛んでいく。
「ごっふぅーーー!」
「やった……やりましたよ、レオンさん!」
ミルキーがこちらに顔を向けてきて、さらに左手でVサインを送ってきた。彼女は興奮しているのか頬が紅潮していた。
レオンは「ははは……」と力なく笑いながら、右手でVサインを送り返した……。
しかし、和んだ空気をぶち壊す存在がいた。ゴブリンはしぶとく生き残っていた。氷塊をぶち当てられたというのに、ずたぼろの身体でゆっくりとミルキーの方へと向かってきていた。
レオンは目を皿のように丸くする。立ち上がりながら、ミルキーの方へと向かって走る。彼女は目を白黒させている。
ミルキーは気づいていないようだった。すぐ傍までゴブリンたちが近づいていることに。レオンは「ぐっ!」と唸るしかない。
このままでは、ミルキーがゴブリンに辱められることは明白であった。
レオンは左手の人差し指をミルキーの方へと向けた。人差し指の先が真っ黒に光り出す。こちらの意図を理解したのか、ミルキーが向こうの方へと顔を向けた。
ミルキーはその途端、腰砕けになり、その場でしゃがみ込んでしまった。レオンは「ちっ!」と大きく舌打ちした。
ミルキーがへたりこみながらも、氷塊を魔法で生み出した。それと同時にミルキーの前方に立つゴブリンが横へと吹っ飛んだ。
横から飛び出してきたバーレが盾を構えたまま、ゴブリンに突進していた。ゴブリンは「ごふぅ!」と言いながら、森の奥へと飛んでいく。
「うおっし! おれっちのミルキーに手を出すんじゃうぎゃぁ!」
「すまん! バーレ、お前は良い奴だった!」
レオンが発射した雷の弾丸がバーレに当たる。バーレはこんがりと雷に焼かれる。レオンはやっちまった! とばかりにこつんと自分の頭を右の拳で叩き、さらには可愛らしく舌を出した。
「あわわ、アイス・ボール!」
「え? ミルキーさん!? うぎゃあ!」
ミルキーはどうやら、自分の置かれている状況を理解していなかったようだ。バーレはゴブリンを突き飛ばしてくれた。そのバーレを雷弾でレオンは焼いた。
脅威は去ったはずであるのに、ミルキーは氷塊を飛ばしてしまった。もちろん、その氷塊はレオンの方へと飛んできた。
レオンは身体の正面から氷塊を喰らい、ゴロゴロと転がりながら、氷塊とともに木の幹へとぶつかることになった……。
◆ ◆ ◆
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさーーーい!」
目が覚めるとエクレアがこちらの傍らで回復魔法をかけてくれている。ミルキーはペコペコと米つきバッタのように頭を下げてきた。
ミルキーの目には涙が溢れんばかりに溜まっている。必死に零れそうな涙をせき止めているのが見ているだけでわかる。
レオンはどうしたものかと、ぼりぼりと頭を掻く。その時、レオンの目の前に善行スクリーンが開いた。
A:仲間を信じろ。俺たちはミルキーのことを見捨てはしない。
B:痛みは喜びだ! どんだけでも誤射してくれ! 全部、俺が喜びで受け取ってやる!:☆
C:これで宿屋の一番高い部屋に前後不覚のお前を連れ込んだのはチャラだ:★★★
ここで、レオンは初めて気づくことになった。お勧めマークは白い☆マークだけではないことに。黒い不気味な★マークがついていた。
レオンは怪訝な表情となった。妖しい雰囲気をばりばりと感じたがCを選んでみた。
「へっ!? どういうこと!?」
「あ、ああ……ふかふかのベッドでお姫様を眠らせておこうと思って……」
「そんな。レオンさんのことを信じていたのに! ひどい!」
「待て! いかがわしいことをしたいわけじゃなかった! 聞いてくれ!」
ここで選択を間違えれば、レオンはミルキーの信頼を決定的に失ってしまう。レオンの窮地を救うように善行スクリーンが再び開いた。
A:お前が可愛いから悪い! 俺は悪くねえ!:★★★
B:据え膳喰わぬは男の恥! 俺は悪くねえ!:★★★★★
C:無理してるなって思ってな。ふかふかのベッドで身体だけじゃなくて、心も休めてほしいと思っただけだ。まあ俺はあわよくばいいことできるかも!? って思った邪悪だけどな!:☆☆
レオンは気づきを得た。黒い★は女神のお勧めではないことを。汚名返上のためにもCを選んだ。
「そ、そうなの?」
ミルキーは明らかに不審な目を向けてきている。こちらがスッと立ち上がると、彼女は身体を強張らせた。
(まずいな……いや、ここからが勇者の腕の見せ所だ)
なるべく自然にその視線をかわせるように、ゆっくりと目を閉じて、さらには右手を握り込んでみせる。
「いいか? もっと肩の力を抜くんだ。俺みたいに。それがドジっ娘を上手く扱うことに繋がるんだ」
「うーーー。なんかごまかされているような気がする……」
ミルキーはジト目でこちらを睨んできている。さらには触らないで! と言いたげに胸の前に両腕を持ってきている。彼女の警戒心は解けていなかった。
「い、いや!? ごまかすとかじゃないって! ほんとだって! ほら、深呼吸!」
レオンは両腕を大きく広げ、ゆっくりと深呼吸してみせる。それを何度か繰り返した。しぶしぶといった表情で女魔法使いが深呼吸をしだす。
しかしながら、彼女は腕を胸の前から動かさない。この所作から感じることは、決して、こちらを信用することはないということだ。
レオンはどうしたものかと、ちらりとエクレアの方を見た。エクレアにウインクすると、彼女は察してくれたようで、レオンに合わせて、両腕を広げて深呼吸してみせた。
ミルキーはこちらとエクレアを交互に見ている。そして、観念したかのようにミルキーもまた、両腕を広げて、深呼吸を繰り返してくれた。
「うん、落ち着いてきた」
「だろ!? 戦闘中でも深呼吸だ! これ大事!」
「できるかな……」
「大丈夫だって! 仲間を信頼しろ? 信頼して? お願い!」
レオンはしどろもどろになりながら、自分のやらかしをごまかしつつ、ミルキーを宥める。タイミングが良いことにバーレも起き上がって、ミルキーの肩に手を置いてくれた。
「おれっちの肉壁っぷりを信じてくれ。ミルキーが落ち着く時間を稼いでやるぜっ!」
(さすがはヒップブラザーだ! 俺たちは繋がっている!)
レオンはバーレとの絆の強さに感謝した。状況がレオンに味方し始めていた。ミルキーの緊張がほどけていくのが見てとれる。
ミルキーが気を取り直して「うんうん!」と意気込んでいる。
「私、緊張しすぎてるのね。がんばろうがんばろう! って逆に自分を追い込んでいたのね!」
「そうだぞ! どうだ? 緊張感をほぐす練習として、俺と一緒のベッドに寝るってのは!?」
「ん。それは遠慮しとく! レオンさんにそこまで気を遣わせたくないし」
「お、おう! いやあ、残念だなぁ! 勇者直伝の心までほぐれるマッサージをしてやろうと思ったのに、ははは!」
数日前のやらかしをごまかしつつ、なんとかミルキーを前向きにさせることに成功した。ミルキーはふんすふんすと鼻息を荒くしている。
(うん。ミルキーがやる気を取り戻してくれた。これで氷塊が俺とバーレに当たるフラグ建築したなっ! まあ、一番バレちゃまずいことをごまかせたからヨシッ!)
レオンは窮地を脱した。それとともに女神から天啓が届けられた。
・女神からのコメント:上手くごまかせたわね? でも、何度も詭弁が通用すると思っちゃダメよ? わたくしはいつでもあなたの行いを監視してるからね☆彡
レオンは「ははは……」と力なく笑う。こちらの表情を見て、ミルキーがきょとんとした顔つきになっていた。
(ああ……ミルキーのピュアな瞳が俺の胸にズキズキ突き刺さる。俺が悪いのはわかっているんだけど……)
レオンは善行スクリーンが閉じたと同時に、ミルキーの方をまっすぐと見た。ミルキーはこちらと視線が合うと同時に意気込んだ表情を見せた。
「あっ、あそこに野良のゴブリンがー」
棒読みで言ってみた。すると、自分が指差した方向へミルキーが素早く振り向いた。当然ではあるが、そこにゴブリンはいない。
「んもう! レオンさん、からかわないでくださいよ!」
「すまんすまん。ほら、また肩に力がはいっているぞ」
「うっ」
「リラックス、リラックスー」
ミルキーはこちらに合わせて深呼吸してくれた。
(ええ子や……ドジっ娘属性をどうにかしてやりたいな)