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第30話:ゴブリン退治(4)

 バーレとミルキーによる冒険者基礎講座が突然始まった。レオンは正座して、バーレたちが虚空から取り出したホワイトボードをじっくりと見ていた。


「おれっちも原理ってのはよくわかってないんだけど、領域化ってのは魔物にとって住みやすい環境になるって感じ?」

「うん。魔物が集まることでマナが濃くなって、魔の領域に変わるの」


 バーレとミルキーの説明はホワイトボードに描かれた図も用いられた。レオンはふんふんとバーレたちの言うことをきっちりとメモ帳に記入していく。


 そこで、ふとレオンは疑問を感じ、手を上げた。バーレが「レオンくん、どうぞー」と言ってきた。


「じゃあ、バーレのような女たらしが集まると、ピンクな領域に変わるのか?」

「そうそう。バニー姿のキレイなお姉さんが接待してくれる空間だ! って、なんでだよ!」

「ふむ。それは興味深いな。じゃあ俺みたいなのが集まると?」

「むっつりすけべが集まったら……マジックミラー越しに若い子を観察するいかがわしいお店の領域になるんじゃね?」


 レオンとバーレは妄想してみた。


 マジックミラーの向こう側で丈の短いスカートをひらひらさせて、さらには可愛いショーツをチラチラ見せてくれる若い子たちが「あっは~ん」と腰をくねらせている。


 2人揃って「でへへ……」と鼻の下が伸びてくる。


「うん。なるべく若い子をマジックミラー越しに見たい。さらには水夫の恰好した女子」

「おっさんくさい癖だけど、悪くはないな?」


 そこに青色のスリッパでぱんぱん! とリズム良くエクレアに頭を叩かれる。レオンとバーレは頭を抑えながら、その場でうずくまることになった。


「いろんな方面から怒られるので、妄想はそこまでにしてください勇者様」


◆ ◆ ◆


 気を取り直し、ゴブリン領域と化した洞窟の中を進む。洞窟の中だというのにそこはジャングルのように木々が生い茂っていた。


 湿気がひどい。歩いているだけで汗が噴き出してくる。そこにゴブリン特有の臭さが漂ってくるため、眩暈を感じそうになる。


 遠巻きにゴブリンたちが茂みの向こう側からこちらを睨んでくる。そうでありながらも、今すぐ襲ってくる様子もない。


「ふんっ、臆病者どもが」


 ゴブリンたちの視線が注がれる中を我が物顔のバーレを先頭にして、レオンたちは進んでいく。


 ゴブリン臭さがどんどんと強まっていく。思わず、レオンは指で鼻をつまんだ。そうしながらも、濃厚なゴブリンの匂いが漂ってくる。鼻が曲がりそうになっていた。


「でかーい! 臭ーい! 説明不要!」


 レオンたちの目の前にゴブリンの親玉が現れた。身体の大きさは通常のゴブリンの3倍もある。その巨体で木々を押し倒して、こちらの目前へとやってきた。


「ゴブリンクイーンだ! レオン、構えろ!」


 バーレがすぐさま、ゴブリンクイーンとレオンたちの間に立つ。


――ゴブリンクイーン。頭にティアラをつけており、胸には皮製のブラジャー。下腹部と尻を腰蓑で覆い隠している。胸と尻のデカさからメス型であることは一目瞭然だ。


 ゴブリンクイーンは両手に1本ずつ巨大な棍棒を手にして、こちらを見下ろしつつ、睨みつけてきた。さらには何かをぶつぶつと言ってくる。


(ゴブリンクイーンが何を言っているのか、俺にはわかる!)


 レオンだけはゴブリンクイーンが何を言ってるのかを判別できた。


「ココ、ワタシたちの安住の地。ワタシたちは悪くない。竜皇・紅玉眼の蒼き竜ルビーアイズ・ブルードラゴンによって、生まれ故郷を奪われた!」


(うわ……重い話だ。てか竜皇って、三種の神器のひとつ、竜皇の珠玉と関係あるやつなのか?)


 レオンはたじろいてしまった。ゴブリンクイーンはごふっごふっと荒い息を口の隙間からあふれ出しながら、2本の棍棒同士をガンガンと叩き合わせている。


 レオンは逡巡した。ゴブリンたちがここに巣を作ったのは理由があった。しかし、レオンの戸惑いを気にせず、バーレがレオンの前へと進み出てきた。


「何ごちゃごちゃ言ってやがる! おれっちたちの手で葬ってやるぜ!」

「バーレさんの言う通りねっ。レオンさん、さあ、ちゃちゃっと倒しちゃいましょう!」

「ふふふ……勇者様の功績のひとつになるがいいのです!」


 バーレたちはゴブリン・クイーンが何を言っているのか判別できていない。今すぐにでも戦う気満々だ。


 レオンは「くっ……」と唸るしかなかった。ゴブリンクイーンが仕方なく、この地に流れてきたことを知ってしまった。それがレオンの動きを鈍くする。


 レオンはどうしたものかと苦悩する。ここで善行スクリーンが開く。


A:見逃す:★★★

B:魔物は当然駆逐する:☆☆☆


(そりゃ当然、女神様はBを推してくるよね! んもう! なんで、ゴブリンクイーンの言ってることがわかっちまったんだー!)


 レオンは悩みに悩み、答えを選んだ。


(ここは曖昧にするのが正しい! そんな気がするっ! うん、そうしよう!)


 レオンは左手の人差し指をゴブリンクイーンの方へと向ける。指先に魔力を集中させた。魔力が黒い雷弾へと変換される。


「くっ! 突然の腹痛がっ!」


 レオンは右手でお腹をさすりながら、その場で片膝をつく。それによって、左手の人差し指が斜め上を向く。


「それでも俺は穿つ! ライトニング・バレット!」


 人差し指の先から黒い雷の弾丸を放つ。当然のことだが、それはゴブリンクイーンには当たらない。


 代わりにこの空間の天井部分へと当たる。天井部分にヒビが入り、ぱらぱらと石の破片が落ちてきた。


 レオンはニヤリと口角を上げる。次々とライトニング・バレットを放つ。天井に出来たヒビが広がっていく。それによって、天井が大きく剥がれることになった。


(よし、これで俺たちとクイーンの間に大量の瓦礫が落ちてきて、この場はぐちゃぐちゃだ! って、あっれーーー!?)


 ゴブリンクイーンは何を思ったのか、手に持っていた棍棒のひとつを天井から落ちてきた大きな瓦礫にぶん投げた。


 瓦礫は4分割された。さらに四方へと割れながら落ちていく。木々が巻き込まれてバキバキと音を立てながらへし曲がっていく。


 ゴブリンクイーンとレオンたちが戦うための場が偶然ではあるが、ゴブリンクイーンの手で作り上げられた。


 ゴブリンクイーン自身が周りにいるゴブリンとクイーンを寸断するという結果を生み出した。


(どうやったら、こーーーうなるのっ!)


 レオンはげんなりとした表情になるしかなかった。


「ヒュゥ~♪ レオン、賢いな! ゴブリン・クイーン一体だけでも相当苦労するのは確定だしな! あいつと他のゴブリンを寸断したのは良い判断だ!」

「さすがは私の勇者様です! 濡れちゃうー!」


 バーレとエクレアが大はしゃぎしてくれている。ミルキーはふんすふんすと鼻息を荒くして、頭上に氷塊を出現させていた。


 レオンは頭を抱えるしかなかった。今更、どさくさに紛れて、クイーンを逃がすことなど、出来るはずもない。


(やっちまったー! すまん、クイーン! 裏目に出たけど、俺を恨むなよぉ!)


 レオンはその場でスッ……と立ち上がる。それに合わせて、目をキラキラさせたミルキーがこちらを見てくる。いつでも、攻撃許可を出してくれていいという顔つきだ。


(本当は魔物相手に同情したなんて、口が裂けても言えないよー!)


 こうなれば、やるかやられるかの状況となっている。ゴブリンクイーンは巨大な棍棒を振り回し、半狂乱になりながら、こちらへと向かってきている。レオンは覚悟を決める。


「バーレは肉壁に! ミルキーは俺とともに攻撃魔法をっ!」

「あいよっ! 任されたっ!」

「レオンさん、私がばっちり決めてみせます! アイス・ボール!」

「ミルキー! せめて、クイーンの方を見て―――! こっちに魔法が飛んできてるぅぅぅ!」

「ごめんなさーーーい!」


 ミルキーは興奮している様子であった。彼女は次々と氷塊を飛ばしてくれる。それ自体は良いことである。バーレとレオンも巻き込まれるという点を除けば……だ。


 ミルキーはこの場をカオスな空間へと変えた。ミルキーが氷塊を生み出すと、その度にバーレ、レオン、ゴブリンクイーンの誰かが宙に舞った。


 しかし、それでもミルキーは魔法を唱えることを中断しなかった。そして、バーレも慣れてきたのか、ミルキーの方を見ないままに、ミルキーが放つ氷塊の直撃を喰らわなくなっていた。


「バーレ、何か掴んだのか!?」

「おう。これには法則性があるっ! 次に氷塊が飛んでいくのは……レオン、お前だっ!」

「本当だ、うぎゃぁ!」


 レオンはまたもや宙を舞うことになる。すでにミルキーはこちらに謝ってくることさえなくなっていた。


 それよりも、荒れ狂うゴブリンクイーンに注目せざるをえない。奴の身体はあざだらけだった。あちこちから血を流しながらも、こちらへと向かってくる。


 しかし、ゴブリンクイーンの顔面にキレイに氷塊がヒットした。ゴブリンクイーンは「ぐおおお!」と呻きながら、棍棒を落としてしまう。顔を手で押さえながら、その場でうずくまった。


 ミルキーはこちらへとVサインしてくる。頬が紅潮している。にへへと笑顔になっている。彼女の気持ちを無碍にしてはいけない。レオンは「よくやった!」と声をかけつつ、彼女にVサインを返す。


 うずくまるゴブリンクイーンがギリギリと歯ぎしりしながら、こちらを呪い殺さんとばかりに睨んでくる。さらには顔を天井へと向けて叫び始めた。


「アア! 我が子たち、ニゲテー!」

「聞こえませーん! 何も聞こえませんー!」


 レオンは左手を大きく開き、その手をゴブリンクイーンに向ける。左手の先には黒くて大きな雷球が出来上がる。


「死ねっ! ライトニング・メガ・キャノン!」


 左手から放たれた雷球はゴブリンクイーンの顔面に当たる。奴は「ギャァァァ!」と断末魔を上げる。


 それでもレオンは放った黒い雷球に魔力を送り続けた。雷球はその大きさを3倍に膨らませ、痛みで苦しむゴブリンクイーンの上半身をすっぽりと包み込んだ。


「あばよっ! 俺の枕元に立つんじゃねえぞっ! 絶対だぞっ! 俺の安眠のためになっ!」


 レオンはゴブリンクイーンにトドメを入れる。雷球が消えた後、奴は物言わぬ下半身のみとなった。


 レオンはバッとマントを翻す。さらにはガッツポーズを取る。強敵を倒したことで、自分の威を仲間たちに示してみせた。


「トドメをとりやがって!」


 こちらに寄ってきたバーレがバンバンと背中を叩いてきた。彼は晴れやかな顔になっている。


「レオンさん、すごーーーい! 私もレオンさんみたいに格好よく決めたいなぁ!」


 ミルキーは笑顔を強めて、頬を紅潮させている。まるで英雄を見ているかのような顔をしている彼女だ。


「はぁはぁ……身体が熱い。勇者様ぁぁぁ」


 エクレアは別の意味で興奮している……。


(うう……厄介すぎる能力が発現してしまった。これが魔王の力なのかぁ。モンスターの声なんて聞きたくないよぉ!)


 そもそも、レオンがこうなってしまったのは善行ポイントが大きくマイナスになっているせいであった。


 苦悩するレオンの目の前に善行スクリーンが展開した。


・今回、貴方が獲得した善行は70ポイントです。

・これまでの蓄積は-104ポイントです。

・女神からのコメント:お疲れさまー! ゴブリンクイーンは脅威度Aクラスのモンスターよ! もっと喜んでいいよー!


(……女神様。俺も素直に喜びたいですぅぅぅ! でも、クイーンの声が耳にこびりついちゃってまーーーす!)


・女神からのコメント:あら? そんなことになっちゃってるの? う~~~ん。魔王の力のせいなのかも。しっかり善行を積むことね♪


(はい……善行を積んで、魔王の力を抑えられるように心がけます。てか、それとは別で安眠方法を教えてくださいよぉ!)

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