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第31話:ゴブリン退治(5)

 レオンたちは見事、ゴブリン・クイーンを退治した。しかし、いくら待ってもゴブリン領域は閉じる気配は見せなかった。


 バーレが瓦礫の山に登って、周囲警戒を行ってくれていた。彼はこちらへと声を掛けてくる。


「派手にやっちまったなぁ。レオンを責めるつもりはないが、他のゴブリンたちを追うことはできなさそうだぞ」

「お、俺は悪くねえ!」

「責める気がないって言ってんじゃーん。何? 後ろめたいことでもあるわけ?」

「お、お、お、俺は悪くねえ!」

「はいはい。エクレア、聖なる魔法陣でゴブリン領域を浄化してくれる?」

「わかりました」


 バーレが瓦礫の山から颯爽と飛び降りて、エクレアの肩を叩いている。レオンは追及されなかったことにほっと胸を撫でおろす。


(ゴブリンたちに同情したなんて、とてもじゃないが言えんっ! これは墓場まで持っていく!)


◆ ◆ ◆


 ミルキーは僧侶だ。彼女は聖なる魔法陣をこの広場に描く。魔法陣を描き終わった後、その中心部でミルキーは地面に膝をついて、祈りのポーズを取る。


 彼女の身体から聖なるオーラがあふれ出す。それに呼応して、魔法陣からも白い光が静かにあふれ出した。


 それによって、レオンたちの周りの空気が一気に清浄化された。蒸し暑かったのもどこへやら、レオンの罪悪感も一緒に清浄なる空気に溶けていく。


「エクレア、ありがとうな」

「この貸しは式場で返してください」

「式場ってどこ? 舞踏会場とか?」

「ちーがーいーまーすぅ。結婚式場でーーーすぅ!」

「待て! 順序を守ろう! ね!?」


 バーレはニヤニヤとした顔つきをしているし、ミルキーは目をキラキラと輝かせていやがる。レオンは逃げ場が無くなる前に洞窟の外へと向かう。


 他のメンバーたちもレオンに続く。洞窟から出た後、他の冒険者たちから拍手喝采された。


「どもども~~~!」

「やるじゃねえかっ。一番デカい手柄を取りやがって!」

「俺たちもうかうかしてられねえなぁ。パンツ一丁のニセ勇者(むっつりすけべ)には負けてられねえぜ!」


 他の冒険者たちがバンバンと勢いよくレオンのむき出しの背中を叩く。レオンの背中には真っ赤な手形がつけられまくった。


 ひりひりと背中が痛くなったが、レオンは心地よかった。仲間たちとともに馬車に乗り込み、冒険者たちに手を振って、その場を後にする。


◆ ◆ ◆


 次の日の夕方頃、レオンたちは馬車でリゼルの街へと戻れた。街に着くなり、まっすぐ冒険者ギルドへ向かった。


 冒険者ギルドの入り口のドアを開き、入って左側にある受付の方へと顔を向けた。受付のお姉さんがこちらに気付いて、パッと花が咲いたような笑顔になっている。


 レオンは駆け足で受付へと向かう。興奮した顔つきでお姉さんへとカウンター越しに身を乗り出した。


「お姉さぁぁぁん! 俺、ゴブリン・クイーンを倒してきましたぁ! ご褒美のチュゥが欲しいですぅ!」

「えらいっ! んちゅっ!」

「えへへっ。えへっ!」


 お姉さんがこちらのほっぺに軽くキスをしてくれた。それだけで、デレデレになってしまう。


「うごぉ!」


 幸福感に浸っていたというのに、いきなり股間を固くて分厚いもので下から突き上げられた。


 その場で沈み込みながら、そうした人物を睨みつける。視線を向けた先にいるのは瓶底メガネのエクレアであった。彼女は分厚い聖書を抱えてプンプンとお怒りのご様子だ。


「勇者様っ! 従姉のお姉ちゃんはサキュバスです! 惑わされないでください!」

「俺は悪くねぇ! これは男として当たり前の行動だっ!」

「ダメです! 勇者様は品行方正でなければなりませんっ!」

「くっ! なんで、勇者というだけで、清く正しく生きなきゃならんのだぁ!」


 エクレアに抗議してみた。しかし、さすがは女神信仰の僧侶だ。頑なにこちらの言葉を否定してくる。


 周りはクスクスと笑っている。これ以上は夫婦漫才に見られてしまう可能性があるので、エクレアとの喧嘩はやめておく。


 その代わりに、もう一度、受付のカウンターへと身体を預け、受付のお姉さんと談笑することに決めた。


 しかしながら、ゴブリンとの戦いの話をしていると、だんだん、お姉さんが困った表情へと変わってしまう。


「ゴブリンは繁殖力が強いのよね。巣を見つけたら1匹残らず駆逐しておくのがベストだったねー。もちろんクイーンを倒したことは喜ばしいんだけどねっ」

「エクレアにゴブリン領域を浄化してもらうための魔法陣を描いてもらいましたよ? それじゃ、ダメなんです?」

「領域自体はそれで消えるわね。でも、ゴブリン自体が消えるわけじゃないの。すけべなレオンくんを懲罰房送りにしても、レオンくん自体が消えるわけじゃないって言えば、わかりやすいでしょ」

「確かに……。ってか、俺って懲罰房送りにされるくらい品性下劣なの!?」

「そうね~~~。女の子を酔わせて、そのままラブホに連れ込んじゃいそうな感じ? お姉さんはもちろん、そうされもてOKだけど、普通はそういうことしちゃダメね」


 グゥの音も出ないとはまさにこのことだった。ミルキーを酔わせて、スイートルームに連れ込んだことを知っているかのようなお姉さんの口ぶりだ。


 これ以上のお姉さんとの会話は自爆行為に繋がる。しかしながら、こちらの雰囲気を察してくれたのか、お姉さんはくどくどとゴブリンの脅威を自分に話してくれた。


(うぐっ。困ったな……! 逃がしたゴブリン・クイーンの子は成長した後、街やひとびとに被害を出しちまう!)


 ゴブリンたちがリゼルの街近くに巣を作った理由をレオンは計らずも知ってしまった。竜皇の存在がゴブリンたちをそこへと追いやったのだ。


 しかし、それはあくまでもゴブリンの都合であり、ニンゲンの生活圏に侵入してきた奴らに同情は禁物だという考えが強くなってきていた。


「ちょっと席を外すぞ。ここで待っててくれ」

「どうした? そんな思い詰めた顔しちゃって。もしかしてウンコが漏れそうなのか?」

「ちがうわっ! でも、そういうことにしておく! 俺、ちょっとトイレに行ってくる!」


 バーレがこちらを気にかけてくれた。それ自体はありがたいが、ウンコをしたくて離席だと思われるのは納得はいかない。


 だが、ゴブリンを放っておくわけにはいかない。これ以上は仲間たちに何も告げずに、その場から立ち去ることにした。


 冒険者ギルドの施設内にあるトイレに入り、さらにはそこの個室へと入る。これで、完全にひとりになれた。便器を前にして、左手を高々と振り上げる。


(俺には力があるっ。さらには蘇った記憶とともに便利な魔法をひとつ思い出せた!)


 ゴブリンなんぞ、へのかっぱレベルで強いことを自覚できた。そんな自分を誇らしく思うと同時に、自分はもっとやれるという自信もあった。あとは行動する勇気だけである。


「移動魔法ランラン・ルー。あの洞窟に行く!」


 高く掲げた左手を中心として、光の丸い円が出現する。その円はレオンを上から下へとすっぽり包み込む円柱へと変わる。


 次の瞬間、レオンの身体はトイレから消え去っていた。レオンが目を開くと、ゴブリンの巣となっていた洞窟の入り口が見えた。


「へへっ。ランラン・ルーは便利だぜ! さあ、いっちょ、害獣駆除といきますかっ!」


 レオンが意気込んでいると、善行スクリーンが彼の目の前に展開した。


A:魔物はせん滅する:☆☆☆

B:罪を憎んでゴブリンを憎まず。ここは見逃す:★★★

C:お前には血も涙もないのか!:★★★


(魔王……てめえ! 俺に罪悪感を植え付けようとすんじゃない!)


 黒い★表示は自分の中にいる魔王のお勧めである。魔王の声が善行スクリーンに反映されているという事実に驚きを隠せないが、大事なのはそこじゃない。


(魔王! 俺は善行を積むって決めてんだよっ!)


 もう迷いはなかった。左手を洞窟へと向けると「パリパリッ!」という音が鳴り響く。左腕全体に巻き付いた黒い電流は蛇のようにウネウネと動き回る。


「罪を憎んでゴブリンを憎まず……。良い言葉だ。でも、ゴブリンとして生まれたことを呪えっ! ライトニング・サンアタック!」


 レオンの左手から小さな太陽が生まれた。その周りを蛇のような電流がプロミネンスのように動いている。


 黒い太陽はゆっくりと進む。まるで余裕たっぷりに「お前らはこれから死ぬんだぜ?」と言わんばかりのマイペースぶりだ。


「遅っ! もっとシュパーンって行けよ! やめて? 弄ぶ気なんてないんだよぉぉぉ!」


 レオンの嘆きとは裏腹に、黒い雷球は洞窟へ静かに吸い込まれ、次の瞬間、ズガアアアアアンッ! という大きな音と共に洞窟奥から派手な爆発が起きた。


「……まあ、結果オーライだよなっ!」


 迷いを振り切ったはずだった。しかし、放った雷魔法はそうではなかった。心にしこりが残っているのを感じずにはいられない。


「俺はなるべくバカやっていたいん……だよぉぉぉ!」


 珍しく落ち込みかけているレオンの下へと女神から温かいコメントが届く。


・女神からのコメント:大変よくできました。花丸ですよー! ご褒美をあげますので、リゼルの街で受け取ってね♪


「ありがとうございます! 何をもらえるのかなぁ! 楽しみだなぁ!」


 無理矢理気持ちを切り替えたレオンはゴブリンの巣に背中を向ける。絶対に振り返るつもりはなかった。


 ことを為したあと、移動魔法ランラン・ルーを使い、冒険者ギルドのトイレの個室へと戻る。


 ウンコはしてないが、一応、水は流しておく。ジャー! と勢いよく音が鳴るのと同時に、個室の外へと出て、手を洗っておく。


 濡れた手を虚空から取り出したハンカチで拭いながら、受付前で待っていてくれたバーレたちと合流する。


「長いウンコだったな」


 バーレがニヤニヤとした顔つきだ。ウンコ離席なだけに「クソッたれめぇッ!」と叫びたくて仕方がなかった……。

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