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第34話:褐色くノ一

 宿屋に泊まり、次の日を迎えた。昨日は報奨金の自分の取り分の全てを女魔法使いの杖の購入に使った。


 そのこと自体に後悔は微塵もない。その証拠に気持ちの良い朝日を浴びて、気分は上昇しまくっている。


 装備を買うお金がないので、今日も元気にパンツ一丁でマント姿だ。だんだん、この姿にも慣れてきた。


「慣れって怖いなぁ! この姿こそが俺のあるべき姿だと勘違いしちまうぜっ!」


 レオンは元気に今日も朝から宿屋の前で清掃活動を行う。宿屋の前を清掃していると、スライムたちも現れ始めた。


「おはよう、魔王様!」

「おはよう、スラリン、スライヌ、スライス。元気にしてたか?」

「元気げんき! 今日も1日がんばろうねー!」


 本当に気持ちの良い朝だ。スライムたちと楽しく会話しながら、清掃活動を行う。街がキレイになっていくのに合わせて、心が晴れ晴れとする。


「ふぅ……こんなもんか?」


 レオンは額にうっすらと浮かび上がる汗を手で拭いとる。一か所に集められたゴミの山にスライムたちがむらがり、ゆっくりと朝食を楽しんでいる。


 そんな微笑ましいスライムたちの姿を見ながら、感慨深くなっていた。だが、レオンは目の端に不審人物を見つけてしまう。


 その人物は建物の屋根の上に居た。さらには短弓を構えて、矢の先をこちらへと向けている。


(えっ? 俺、あの娘に何かしました!?)


 緊張が走った。屋根の上にいるくノ一姿の小娘が短弓の弦をギリギリと引いているのがわかる。こちらは身動きできず、ゴクリと息を飲むしかない。


 ヒュン! と風切り音が聞こえた。次の瞬間にはドスン! と軽い音が耳へと届く。


 屋根の上にいるくノ一姿の小娘はこちらに投げキッスした後、消えるようにその場から立ち去ってしまった……。


「ふぅ……パンツを履いてなかったら死んでたな」


 くノ一姿の小娘が放ってきた矢は股間をかすめて、石畳に突き刺さっていた。腰を折り曲げて、その矢に括りつけられた紙を取り外す。


 なになに……とばかりに紙を広げ、そこに書かれている文字を読んでみた。


「はぁ? チンピラが仕返しを企んでいるから注意されたし……。って、あいつらのこと?」


 チンピラと言われて思い起こすことは数日前に冒険者ギルドで出くわしたあいつらのことで間違いないだろう。顎に手を当てて思案する。


(ばかばかしい。あの意気地なしどもが仕返し?)


 疑念のほうが正直言って強かった。5人連れでゴブリンを3匹しか倒せないふがいないチンピラどもだ。まともに相手をするのもばかばかしく思えてしまう。


 だが、そんなレオンの目の前に善行スクリーンが開く。


A:悪の芽は早々に摘んでおく:☆☆☆

B:あいつらは魔王を舐めた。徹底的になぶり殺す:★★★

C:チンピラの相手をしない。


(しゃーない。俺が刈り取っておきますか……)


 観念したレオンは静かに目を閉じ、左腕を高々とあげた。左手の先からは光の円が現れる。


 その円が大きく広がり、上から下へと動きを見せて、円柱となり、レオンの身体をすっぽりと覆いつくしてしまう。


 次の瞬間にはレオンは違う場所へと移動していた。そこはちょっとした広場であった。そこでチンピラどもが剥き出しのナイフの刃を舌でベロリと舐めている。


「へへっ。夜討ち朝駆け。これぞ兵法よ!」

「さすがは兄貴! あのニセ勇者も油断してるでしょうなっ!」

「チンピラの威厳ってもんを見せてやりましょうや!」


 チンピラたちの背後に立っていたレオンは「やれやれ……」と頭を振るしかなかった。街中で刃傷沙汰を起こそうとしているこいつらは立派な犯罪者予備軍である。


 犯罪者予備軍相手に卑怯もクソも無い。チンピラたちの背中に向かって、左手を突き出す。バチバチ……と静かな雷音が鳴り響く。


 それに釣られて、チンピラたちが一斉にこちらへと振り向いてきた。


「て、てめぇ! なんでここにいやがるんですかぁ!?」

「おっす、おらニセ勇者!」


 空いた右手を額へと当てて、敬礼っぽい仕草をしてみせた。チンピラどもは「ひぃぃ!」と悲鳴をあげている。


「へへっ! おらのために人数と武器を集めてくれるなんて……おら、わくわくすっぞ! ライトニング・メガ・キャノン!」


 チンピラたちに何かを言わせる前にレオンは真っ黒な雷球をチンピラたちの足元へとぶっ放す。チンピラたちは地面が爆発したのと同時に空中へと高々と舞い上がった。


「おおーーー。勢いよく飛び上がっていくなぁ! もっと重装備しとけ?」


 宙に舞ったチンピラたちがひとりづつ、土の地面へと頭から着地してくる。無様な恰好で倒れているリーダー格の下へとゆっくりと歩いて近づく。


 その男の前で身体を折り曲げ、右手の小指を彼に向かって差し出す。男はがくがくぶるぶると震えながら、ゆっくりと右手の小指を差し出してきた。


「二度と変なことを考えるんじゃないぞ? ニセ勇者レオン様との約束だ!」


 ニッコリとほほ笑みながらリーダー格の男と指切りげんまんする。仕置きは完了だ。


 残されたチンピラたちは「おかーーーちゃーーーん! 都会って怖いとこだよーーー!」と身体を寄せ合って、泣いていた……。


 魔王はチンピラたちをめっためたのぎったんぎったんにしろとお勧めしてきたが、それに乗る気はまったくない。


 その場で立ち上がり、左手を高々と振り上げ、移動魔法ランラン・ルーを唱える。レオンの身体は光りに包まれ、一瞬でその場から消える。



◆ ◆ ◆


「ふっ。つまらぬものを斬ってしまった……俺が泣きたいわっ! 弱い者イジメなんてしたくねーんだよっ!」


 せっかくの気持ちの良い朝だというのに、チンピラを相手にすることで台無しにされていた。このままでは気分がよくない。なんとかして気持ちを切り替えなければならなかった。


 だが、そうする前に自分の後ろのほうからパチパチと控えめな拍手をされてしまう。


 レオンはそちらへと振り向くと、先ほど、自分に向かって矢を放ってきたくノ一姿の小娘がいた。


「お見事ッス」

「やめてよねっ! 褒められても何も出せないからっ」

「出せるのは……ち〇こくらいッス?」

「女の子が言っていい台詞じゃないよ!?」

「そんなこと言って、ぴくぴく反応してるッス。可愛いち〇こッスね」

「くぅ! 俺の愚息はなんでこんなに敏感なんだよぉ!」


 くノ一姿の小娘は「ニシシッ」といたずらな笑みを浮かべている。こちらは反応してしまった愚息をパンツ越しに手で押さえる格好となっている。


 そうだというのに、このおしとやかな胸のボーイッシュ褐色くノ一姿の小娘は、こちらのつま先から頭のてっぺんまでへと視線を動かして、こちらを値踏みしているような雰囲気を醸し出している。


 そんな彼女の視線がこちらの視線と合わさることになった。少しばかり気圧されてしまう。こちらがたじたじとなっているところに、彼女が口を開いた。


「ニセ勇者の旦那。耳より情報があるッス。買いますかい?」


 パンツ一丁にマント姿の自分が金を持っているわけもない。今日の朝ごはんはふりかけご飯のみの予定だ。


 昨日、ミルキーに高価な魔法の杖を買ってあげたことで、財布はすごく軽くなってしまっている。


「金があるような姿に見えるか!?」

「そりゃそうだ……じゃあ、この情報はサービスってことで!」


 ボーイッシュ褐色女子が顔を近づけてくる。さらには「ふっ……」と耳に息を吹きかけてきた。


「いひっ! 耳はやめてっ! 感じちゃう!」

「ニシシッ。旦那、可愛いッスね。チェリーでしょ?」

「うっさい! 俺は近々チェリーを卒業するつもりなのっ! ニセ勇者(童貞卒業)になる予定なの!」

「ふ~~~ん。上手く卒業できるといいッスね。それよりも……ごにょごにょ」


 ボーイッシュ褐色女子が耳元へと囁いてくれる。耳がもぞもぞするが、我慢して、彼女のもたらした情報を聞き逃さないようにした。


「えっ? マジ? 冒険者ギルドが竜皇の情報を秘匿してるの? それにリゼルの街も関わってる? にわかに信じがたいんだけど……」


 レオンは目を丸くさせた。ボーイッシュ褐色女子が何故、そんなことを知っているのかと問いただしたくなってしまう。


 だが、何かを聞く前に彼女はこちらの唇に指を当ててきた。これでは黙ってしまうしかない。


「信じるかどうかはニセ勇者(童貞卒業予定)様に任せるッス」


 彼女はそう言うと、こちらから距離を取ってしまう。塞がった口をようやく動かせるようになった。


「そこはニセ勇者(童貞卒業確約済み)って、言ってくれない?」

「健闘を祈ってるッス! 無理そうだったら、うちにお金を払ってくれッス」

「え? 筆降ろししてくれるってこと!?」

「ニシシッ! 忍法筆枯らしをお見せしますぜ? んじゃ、おさらばッス!」


 ボーイッシュ褐色女子がその場からサッと消えてしまう。狐に化かされたような気分になってしまう。


「くノ一ってやつなのかな?」


 せっかく肌の露出が多めのくノ一姿だというのに色気が足りない女子であった。茶目っ気のほうが圧倒的に多い。


(んーーー。名前を聞きそびれた……。今度、会った時にしっかり聞いておこう。俺の初めての女性になってくれるかもしれないしなっ!)


 色々と思うことはある。だが、それよりもくノ一からもたらされた情報が本当かどうか確かめなければならない。


 レオンは朝の清掃活動を終えた後、仲間たちと合流し、その後、冒険者ギルドへと向かう……。

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