爆弾とセットで付いてるタイマーの針がカチッ、カチッと1秒ごとに進んでいた。レオンはミルキーが逃げ出さないように、がっしりと両腕で彼女をホールドする。
ミルキーが「えっ? ちょっと!?」と動揺している。そんな彼女の耳に唇を近づけ、何をすればいいのか、しっかりとした声で告げる。
「ミルキー。氷の魔法で、爆弾を凍らせてほしい。できるよね!?」
「た、たぶん。爆弾かレオンさんのどっちかを凍らせることができると思う」
「そこは爆弾でおねがいしまーーーす!」
「わ、わかりましたー! 善処しまーーーす!」
レオンは身体の位置をずらし、ミルキーの後ろに回る。腕は彼女のお腹あたりに回し、彼女の身体を支える格好となった。
ミルキーが昨日、レオンに買ってもらった魔法の杖を両手で持つ。その先端を爆弾の方へと恐る恐る近づける。
「北の王……。冬を司る王……。かの者を凍てつかせてっ! アイス・ケージ・プリズン!」
魔法の杖の先端にある宝石からキラキラと雪の結晶が飛び出していく。パキパキ……という厳かでありながらも、強固な意思を持つ魔法が爆弾を木箱ごと氷漬けにさせた。
「ふぅ……とりあえず、これで3分は時間が稼げた」
「……えっ? 3分!? 凍らせるのは成功したわよ? もう爆発しないんじゃないの!?」
「ミルキー。落ち着いて聞いてほしい……」
「うん。とりあえず落ち着く」
「こいつは生きてる。だから自力で氷を解かす!」
「ダメじゃないですかぁ!」
ミルキーが慌てふためくのは計算の内であった。だからこそ、彼女が暴れ出さないように、彼女の身体を後ろからがっちりホールドしていたのだ。
「ミルキー。安心してほしい。俺が欲しかったのはこの3分だっ! 3分でなんとかするから!」
「安心……できませんよ!? 魔法のブレスレットも買ってもらわないとっ!」
「こんなときにおねだりはやめて!? せっかく作ってもらった3分って時間を無駄に浪費しちゃうからっ!」
ミルキーはおねだり上手すぎる。可愛らしく「てへっ」とお茶目な仕草を取っている。今のミルキーはだいぶ落ち着いてくれている。
これなら、もう彼女を抑えつけておく必要もないだろうと判断した。
彼女から身を離し、氷漬けとなっている爆弾の前へと進み出る。爆弾の前で身体を折り曲げ、じっくりとそれを観察する。
蘇った記憶から、爆弾のタイマーを止める方法はわかっている。赤と青の線がタイマーから爆弾に繋がっていた。
「こいつだ。さあ、どっちを切れば良い?」
「ちなみに間違えた方を切ると……どうなるの?」
「この辺り一帯と一緒に俺とミルキーが天国まで吹き飛ばされる!」
「ですよねーーー! レオンさん、頼みましたっ!」
「おう! 天国に昇るのはベッドの上での運動会だけで十分だ!」
2人の運命を託されたレオンの目の前に善行スクリーンが開く。
A:赤線を切れ:☆☆☆
B:青線を切れ。
C:爆弾を壊せ:★★★
ゴクリ……と息を飲む。レオンの予想と女神のお勧めは合致していた。魔王のお勧めは無視だ。徐々に溶けていった氷の塊の一部から赤線と青線が剥き出しになった。
レオンは左手の人差し指の先端から小さな雷の刃を生み出す。迷わなかった。雷のメスで赤線を切る。
それと同時にカチンと小さな音が鳴る。しかしながら、寿命が縮みそうな怖すぎるその音はそこで完全に止まる。
レオンはミルキーの方へと振り向き、ピースサインを作ってみせた。それと同時にへなへなとミルキーが腰砕けになって、その場でへたり込んだ。
「どうにかなったんですね……」
「おう。ミルキー、ありがとうな。俺じゃなくて、爆弾の方をしっかり凍らせてくれて」
「うん……自信がまったくなかったけど」
「……え? 俺、めちゃくちゃラッキーだった!?」
「えへへ……でも、聞いて? 爆弾を凍らせよう! って意気込んでも失敗しちゃうだろうから、レオンさんを凍らせよう! って考えてたの!」
「それは賢いっ! モンスターとかと戦う時も、そうしてみてくれ!」
ミルキーの機転に助けられた。彼女は3回に2回は魔法を味方へと誤射する。それを逆手に取ったのだ、彼女は。
「しっかし、ミルキーの魔法力はすごいな」
「ん? 褒められてる?」
「うん。素直に褒めてる。俺の予想通りとは言え、魔導爆弾を凍らせれるほどの魔法使いって、そんなにいないんだぜ?」
「へーーー。私って、すごいんだ」
「賢者になるのも夢じゃないぜ? 俺がベッドの上で手取り足取り腰取り、指導しようか?」
「それは遠慮しとく! レオンさんとはそんな関係じゃないしっ!」
「そこは嘘でも期待させてもらえるような受け答えをしてくださいよぉぉぉ!」
「やーだーーー!」
ミルキーを口説き落とすにはまだまだ時間もお金もかかるのであろうことを、このやりとりで察した。
レオンはミルキーに無理強いをしない。ここはあっさりと引いておく。攻略対象の難易度が高いのは良いことだと思えたからだ。
(じっくりとミルキーとの仲を深めてやるぜっ。メインヒロイン攻略ってのは、ひとつひとつイベントをこなしてこそだからなっ!)
レオンは立ち上がり、そっとミルキーへと手を差し出す。彼女は魔法の杖を抱えながら、こちらの手を取ってくれる。彼女を起き上がらせて、一緒に魔導爆弾を見る。
「ねえ……タイマーは止まったみたいだけど、この後、どうするの?」
「考えてないっ!」
「考えておいてよっ!」
タイマーは止まったが、魔導爆弾そのものは残っている。レオンはミルキーとこの魔導爆弾をどう処理しようか相談しあった。
結果、目の前にある洞窟で爆弾を処理しようという案に落ち着いた。この洞窟にゴブリンが住みついた。いくら浄化しようが、忘れたころに何かしらのモンスターが居座る可能性が高い。
それならいっそ、この洞窟を魔導爆弾で徹底的に吹き飛ばしたほうが良い。
「んじゃ、そういうことで!」
「そうね。私、魔法の杖よりも重い物は持てないニャン!」
「くっ! バーレでも重そうにしてたのを俺ひとりで運ぶの!? 腰をいわしちゃうよ!?」
「その時は私がベッドの上でマッサージするニャン!」
「くっ! それは美味しい提案すぎる! 踏ん張れ、俺の腰!」
木箱はスイカ1個がまるまる入るほどのサイズだ。それを両腕で抱え、ゆっくりと持ち上げる。ずっしりとした重さがあった。レオンは足を滑らせないように慎重に歩を進める。
「ぐぬぬ……」
「レオンさん、がんばれがんばれ」
レオンは汗だくになりながら、ミルキーとともに洞窟の奥深くへと潜る。道中、ゴブリンと出くわすことは一切なかった。
以前に行ったレオンの処置が功を奏していた。ゴブリン領域もすっかり消えていた。崩落した岩の間をすり抜けながら、二人はどんどん奥へと進む。
すると大きな地底湖の前に出た。そこで足を止め、爆弾を一度、ごつごつとした石の地面の上に置く。
「ふぅ……腰が痛い」
「お疲れ様、レオンさん。ひと揉み、1万ゴリアテニャン」
「高すぎない!? マッサージって普通、1時間で1万ゴリアテくらいが相場じゃないの!?」
「16歳の金髪エルフちゃんにマッサージしてもらえるんだニャン。高すぎるってことは全然ないと思うニャン」
「くぅ! もっとたくさんの依頼をこなさいとぉ!」
ミルキーがクスクスとおかしそうに笑っている。レオンは全身、汗だらけになっていたが、彼女の笑顔を見れるだけで、報われたような気がしてしまう。
最後はミルキーも一緒に爆弾入りの木箱を持ってくれた。2人で地底湖へと木箱ごと、爆弾を放り投げる。ドボンッ! という音を立てて、木箱がぶくぶくと沈んでいく。
レオンは右腕をミルキーの腰へと回す。彼女を抱きしめながら、左手は地底湖へと向けた。左手の先からは真っ黒な雷球が生み出された。
「ライトニング・サンアタック!」
レオンによって生み出された真っ黒で小さな太陽がプロミネンスを放ちながら、ゆっくりと地底湖へと沈んでいく。
「移動魔法ランラン・ルー!」
レオンが左手を高々と振り上げ、移動魔法を唱えた。それと同時に地底湖の水が底の方から膨れ上がり、多大な量の光が溢れ出そうとしていた。
次の瞬間、レオンとミルキーは洞窟からかなり離れた場所へと移動した。そうだというのにレオンたちがいる場所の地面が揺れる。
震度5ほどの強い揺れがレオンたちを襲った。立っていられなくなり、その場でミルキーと一緒にへたり込んだ。
やがて、地面の振動が収まる。レオンはミルキーとともに「ふぅ……」と一息つくことになった。
「レオンさん。今更だけど……どうして、私を選んだわけ?」
「ん? どういう意味? 俺はミルキーなら爆弾を凍らせれるって信じたからだぞ?」
ミルキーがふるふると首を振っている。こちらとしては首を傾げるしかない。
「聞きたいのはそういうことじゃないんだけどなぁ?」
「なに? 思わせぶりなこと言ってくれるけど、もっと深い話をしたいのか?」
「うん。私じゃなきゃダメだったって言ってほしいところだった……かな」
「あちゃーーー! 俺、失敗しちゃった?」
「うん、そうだね! レオンさんって、恋のフラグ建築、下手くそだなって思っちゃった!」
「くぅ! 察しが悪くてごめんねっ!」
レオンはトホホ……とわざとらしく落ち込んでみせた。こちらの姿を見て、ミルキーがおかしそうにくすくすと笑ってくれる。