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第37話:ミルキーの事情(1)

(今の俺は恋の経験値が全然、足りないなぁ。陽キャなバーレならきっと、一気にミルキーとの仲を縮めるだろうけど)


 レオンはバーレのことを思い浮かべ、苦笑してしまう。もっと精進して、誰しもが惚れてしまうような勇者になりたいと願ってしまう。


「これで貸し借り無しね!」


 ミルキーにいきなり切り出された。なんの貸し借りなのかはすぐにはわからなかった。そのため、首を傾げてしまった。


 そんな自分に、ミルキーが魔法の杖をこちらに向けてきた。それで理解する。


「えええ!? エクレアは豊満なおっぱいで俺の腕を挟んでくれたんだぜ」

「女の子にプレゼントできる権利をあげたんだから、それで十分でしょ?」

「ちょっと待て! うーーーん。そうだな、確かにアリだ! 俺は役得だったんだ!」

「バカ……。なんでそこでまともに受け取るの……」

「ん? 何か言った? 小声で聞こえなかった」

「なんでもなーーーい! じゃあ、帰りましょ、皆のところへ!」


 ミルキーがこちらへと身体を寄せてくれた。そんな彼女の腰に右腕を回し、しっかりと身体を支える。


 左手を天へと突きあげて、移動魔法を唱えた。次の瞬間、光りの円柱に包まれたレオンたちは、その場から冒険者ギルドへと移動を完了した。


 2人揃って、冒険者ギルドの入り口を通り、中へと入る。冒険者ギルド内はすでに落ち着きを取り戻していた。さすが荒くれごとに慣れた冒険者とも言えた。


「よう、ふたりともお帰り。その様子だと、爆弾は上手く処理できたっぽいな?」


 バーレが陽気な雰囲気で、こちらへと話しかけてくれた。彼に向かってサムズアップして答える。


「おう! ばっちり、トイレに流してきた!」

「あほかっ! トイレが詰まっちまうだろうがっ! 紙とウンコ以外、流そうとするんじゃねぇ!」

「冗談に決まってんだろ!」

「知ってるわい!」


 バーレと肩を抱き合いながら、和気あいあいと受付のカウンターへと向かう。受付のお姉さんが苦笑していた。


 女性を前にして、トイレやウンコという汚いワードは控えたほうが良さそうであった。


「爆弾はちゃんとした場所で処理しておきましたよ」

「うん、ありがとうね。なぜ、爆弾をセントラル・センターの方へ送るような依頼が出されたのかは、冒険者ギルドで調べておくね」

「ありがとうございます。ついでにエクレアの今日の下着も調べておいてください!」

「さすがはニセ勇者(むっつりすけべ)のレオンくんね。わかったわ、あとで教えるわね」


 お姉さんが快諾してくれたので、こちらは小躍りしてしまう。エクレアが恥ずかしそうにしているが、一切無視だ。今夜のオカズとして、情報を仕入れておかねばならない。


「それとだけど……騒動に巻き込まれないように、荷馬車の護衛についてくれない?」

「え? 爆弾の件に関わってたり?」

「察しがよくて助かるわ。んじゃ、急いでちょうだい。西門で商人が待っているから」

「はぁ……」


 リゼルの街の中心部にあるセントラル・センターを吹き飛ばすにしては、魔導爆弾はいくらなんでも破壊力が大きすぎる。


 下手をすればリゼルの街そのものが吹き飛ぶことになっていた。その爆弾をレオンが処理してしまった。


 こうなれば、レオンたちは否応無しで、事件に巻き込まれてしまう。受付のお姉さんの指示に素直に従うことにした。


 レオンたちはリゼルの街の西門へと向かう。そこでは商人が待機していた。受付のお姉さんの言っていた通りだ。


「やあやあ! 期待の新人だと聞いておりますぞ! これから3日間、よろしくお願いします」


 ほっぺただけでなく、お腹もふくよかな商人であった。人柄が良さそうなのが、見た目からも伺える。


 こちらの手を両手で包み込んできた。商人に促されて、それぞれ二手に分かれて、荷馬車の護衛の任につくことになった。


 馬車は全部で4つある。そのうち二つが荷馬車だ。荷馬車には荷台から落ちそうなほどに樽がいくつも積んである。


 戦士バーレと女僧侶エクレアは一番前の馬車に乗り、自分は女魔法使いミルキーとともに最後尾の馬車に乗った。


 一日目は何も起きない。二日目の朝になり、さらには昼時となった。それでも盗賊はなかなか現れなかった。


 5月初めの陽気が気持ち良い。風も穏やかだ。馬車に乗りながら、レオンは窓から外を眺め、ふぁ~~~と眠そうにあくびをする。


(盗賊が襲ってこない……。そして今、二日目の昼だ。段々、ミルキーとしゃべる話題に困り始めたぞ?)


 同じ馬車に乗っていたミルキーとあれこれ話をして、親睦を深めようとしてきた。


 しかしながら、さすがに何もないド田舎のオダーニ村を題材の中心にしているので、話題が尽きてしまった……。


 どうしたものかと思案にくれていると、レオンを助けるように善行スクリーンが開く。


A:ミルキー自身のことを聞いて親睦を深めろ:☆☆☆

B:体力を温存するために寝ておけ:☆

C:魔物を呼びだすために妖しい踊りを披露しろ:★★★


 魔王のお勧めは論外として、何故、Aがお勧めされているかわからない。この1日半、ミルキーがそれとなく、自身のことを言いたがらないのは察していた。


 ミルキーのことをもっと知りたい。しかしながら彼女自身のことを聞こうとすると、その度にはぐらかされてしまっていた。


 そうであるというのに女神はAをお勧めしてくる。


(う~~~ん。言いたくなさそうにしている女性に身の上話をさせていいのか? でも、俺からの話題提供も限界だし……いや、女神様からのお勧めなんだ。きっと、頃合いってことなんだろうな)


「ミルキー。俺、きみのことをもっと知りたい」


 結局のところ女神お勧めのAを選ぶ。すると、彼女がぽつりぽつりと身の上話をしてくれた。


「んっと……引かないでほしい。私ね……実はミルキー・ウェイ・マック・ド・ナルドってのが正式な名前なの」

「へっ!? ちょっと待って!? ド田舎のオダーニ村でも知れ渡ってる名家じゃん!」

「んもう! だから、言いたくなかったのっ。引いちゃった……?」


――マック・ド・ナルド家。ハンバーガーの生みの親と呼ばれている。このホバート王国どころか、コーテク大陸中に知れ渡っている名家だ。


 このマック・ド・ナルド家には、かつてホバート王国の食の常識を変えたと言われている魔法使いが在籍していた。


 その大魔法使いは風の魔法で肉を切り刻み、ミンチにした。土と火の魔法で鉄板焼きを編み出し、ミンチの塊肉を噛めば噛むほど肉汁があふれ出すハンバーグにした。


 それを2枚のパンで挟み、ハンバーガーとして売り出した。それだけではない。水の魔法で黒い炭酸ジュースを作り出した。


 これをハンバーガーセットとして売り出した。それはこのホバート王国で留まることなく、瞬く間にコーテク大陸の隅々にまで伝わってしまった。


 そんな名家の生まれなのだ、今、自分の目の前で恥ずかしそうにしている女性、ミルキーは。


「えっ? なんで冒険者になったわけ? 向こう三代は遊んで暮らせるくらいの名家じゃん!」


 疑問が次々と湧いてくる。ミルキーは生まれながらにして、一生、働かなくていいくらいの金持ちの家の子だ。冒険者になる理由なぞ、これっぽちもない。


「んっと……ね? ハンバーガーが売れ過ぎてるせいで勘違いされてるんだけど、うちって、元々は魔法使いの名家なの」

「うんうん。魔法でハンバーガーを作り出したって話だもんな」

「でね? 私のママって、私を産んだ時に亡くなっちゃったの。それで私が10歳の時にパパが再婚したの」

「あっ察し。継母と連れ子がマック・ド・ナルド家を乗っ取ろうとしたわけだな?」

「ほんと、その通りなのっ!」


 ミルキーはその継母と連れ子に散々いやがらせを受けたそうだ。


 継母と連れ子がタッグを組み「貴女はマック・ド・ナルド家に似つかわしくないのよっ、オーホッホ!」とけなされただけでなく、冒険者として魔法の腕を磨いてくるようにと言われたそうだ。


(うっわ、ひでえ話もあるもんだな……)


 レオンの見立てでは、ミルキーはマック・ド・ナルド家出身として、なんら恥じるところなどない。


 魔導爆弾を氷漬けに出来るほどの力をもつ魔法使いなのだ、ミルキーは。ホバート王国では数えるほどしかいない魔法使いのひとりだと思えた。


(どうにかしてやりたいなぁ……そうすれば、俺とミルキーとの距離がグッと縮まる美味しいイベントになるよね、これ)


 その時、レオンの目の前に善行スクリーンが開いた。


A:彼女の実家に乗り込んで、わからず屋をぶっとばしてくる:★★★

B:もう少し話を聞け:☆☆☆


 いきなり暴力に訴えかけるわけにはいかない。まずはじっくりと話を聞くことにした。

しかし、ミルキーの話を聞いていると、ふつふつと怒りが湧いてきた。


「何その、典型的なざまぁな継母と義妹! 冒険者になりたくないって言ったミルキーを使用人にしようとしたの!? 信じられねー!」

「ほんと、私もびっくりしちゃうほどよ! あのまま家に留まっていたら、今頃、ずたぼろの雑巾になっちゃってたかも!」


 ミルキーの愚痴は止まらない。レオンもじっくりと彼女の話を聞いていた。レオンの目にはミルキーの顔が違う女性のものになっていた。


 レオンの記憶の中にある名前もわからない女性が切磋琢磨している姿が思い浮かんだ……。


「俺、腹が立ってきた! その継母と連れ子、ぶっ飛ばしてきていい?」

「うん、私もついていく!」

「いくぞ」

「お願い」

「俺の手を取れ。そして、実家をイメージしろ」

「うん、わかった!」


 レオンはミルキーの手を取ると同時に、ミルキーの思いが映像となって伝わってきた。花園に囲まれた立派な屋敷が脳内に飛び込んでくる。


 それと同じくして、似つかわしい豪奢なドレスと高価なアクセサリーを身につける継母と連れ子が自分の脳内で高笑いしている。


 脳内のイメージである憎たらしいそいつらに対して、口の端をニヤリと歪ませてやった。


「移動魔法ランラン・ルー!」


 レオンとミルキーの姿は馬車の中から消えた。次の瞬間、レオンたちはミルキーの実家の前に立っていた……。

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