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「ありがとうございました! おかげで無事に商品を運ぶことができました!」
商人がこちらに向かって、ぺこぺこと頭を下げてくれる。レオンは「へへ……」と満足げに鼻の下を指で擦る。
「んじゃ、また護衛の仕事を頼みたくなったら、このニセ勇者(むっつりすけべ)に連絡をお願いします」
「ああ。ごひいきにさせてもらうよ。んじゃ、帰りはそちら持ちで!」
「ええ!? そこは馬車代を出してもらえるんじゃないんですかぁ!?」
「ひひっ。商人ってのはケチなんだぜ? 覚えておくといいぞ?」
「悔しくて涙が出ちゃうっ!」
「冗談だよ。ほら、1番安い馬車のチケットだ。これで帰りの馬車を拾うと良い」
帰りの馬車賃を出してもらえたが、本来なら二人乗りの箱馬車に4人で乗ることになった。女性陣は箱馬車のお客様用のところに乗る。バーレは御者の隣に座る。
残されたレオンは箱馬車の屋根の上に乗ることになった。
(うん。商人もケチだが、俺たちもケチったな。別でもう1台、馬車のチケットを買うべきだった)
レオンは箱馬車の屋根の上であぐらをかきながら、そう思う。しかしながら、5月の陽気は心地よい。ある意味、屋根の上は特等席とも言えた。
馬車に揺られながら、次に観測所がある村へとレオンたちは向かう。その村は大きな街道から外れた場所にある。
その村の最寄の町にある駅馬車に到着した後、そこから徒歩でその村へ向かった。半日ほど丘を登っていくと、件の村へとたどり着く。
「すみません。リゼルの冒険者ギルドから依頼を受けて、大型モンスターのデータをもらいにきました」
「おお……ご足労、ありがとう。お茶でも飲みつつ、30分ほど待っててくれないか?」
村の中心部にある観測所にたどり着くと、白衣を着た職員たちが温かく出迎えてくれた。観測所には大きな望遠鏡があった。
最初は大人しくテーブル席に座ってお茶を飲んでいたレオンたちであった。しかし手持ち無沙汰だったレオンはそわそわとしだす。望遠鏡で何が見えるのかが気になり始めた。
「何か見たいかい?」
「はい! 昼間の情事にふける不倫妻をあの望遠鏡で見たいなって」
「そんな用途に使うんじゃない! まあ……そういうことに興味がある年頃だよね」
「えへへ……」
職員のひとりに案内されて、レオンは望遠鏡のところへやってくる。その後ろをミルキーもついてきた。
職員が望遠鏡の角度を調整し終わると、レオンに席を譲ってくれた。どれどれ……とレオンが望遠鏡を覗くと、そこにはここから遠く離れたマンションのベランダが映し出されていた。
「むむ……年の頃27歳。推定人妻。今はベランダで洗濯物を干している」
「レオンさん、何か面白いものが見えるの?」
「んーーー。人妻っぽいヒトは見えるけど、それ以上は何もなさそうだ」
「え? 本当に人妻の情事を覗こうとしてたの?」
「俺の趣味は人間観察だっ。おや……? 来客みたいだな。人妻が洗濯物をそのままにして、部屋の方へと戻っていくぞ!? わっふるわっふる!」
「悪趣味ですよ、レオンさん。はいはい、そこまで」
「いやぁぁぁ! これからが楽しみなのにぃ!」
ミルキーの手によってレオンは無理矢理、望遠鏡から身体を剥がされることになってしまった……。
そうこうしているうちに大型モンスターのデータが揃ったようで、レオンたちは書類の束を職員から受け取ることになった。
「えっと……聞いてはいけない気がするんですけど。大型モンスターって、竜皇のことですよね?」
「おおっと!? それをどこで知ったんだい? ことと次第によっては、ここから生かして帰すわけにはいかぬ……」
「藪をつついて蛇が飛び出てきちゃった!?」
「ははっ! 冗談だよ。でも、注意しておきな? 私たちはおおめに見るが、リゼルの街のお偉いさんが聞いたら、本当に投獄されててもおかしくないからなっ」
職員たちは笑ってくれているが、こちらとしてはゾゾ……と背中に怖気が走ってしまう。竜皇とリゼルの街が繋がっていることが、これで確定した。
どういう関係なのかはわからないが、これ以上、深入りすることは自分の身だけでなく、仲間たちにも危険が及ぶ。
レオンはそれ以上、何も言わずに村を後にする。駅馬車がある町へと徒歩で戻る最中、バーレが質問してきた。
「なあ、レオン。厄介ごとの匂いがぷんぷんするから、あの場では黙っていたけどさ。お前は大型モンスターが竜皇だと、いつ気づいたんだ?」
バーレの疑問は当然とも言えた。足を止めて、皆の方へと身体を向ける。ぽりぽりと頭を掻きながら、弁明を開始した。
「えっと……数日前に俺に褐色ボーイッシュくノ一が接触してきたんだ。そいつから冒険者ギルドが竜皇の情報を秘匿しているって教えてもらってさ」
「お前……それをおれっちたちに隠してたわけ?」
バーレが「やれやれ……」と頭を振っている。こちらとしては申し訳ない気持ちになってくる。
しかしながら、女性陣は違った。こちらへと身体を寄せてきて、自分に代わって、バーレに抗議し始めた。
「レオンさんは私たちの身を案じて黙ってくれていたと思う」
「そうです! 勇者様は生きてるだけで立派な存在なのです! バーレさんは勇者様を責めすぎです!」
「ええ!? おれっちが責められるところ!?」
「ふっ……バーレ、俺とお前の日頃の行いの差が出たなっ!」
「くぁぁ! 悔しい! こんなことになるなら、ミルキーちゃんに何か買ってあげればよかった!」
「て、てめえ! ミルキーを買収する気か!? ミルキー、バーレにそそのかされるんじゃねえぞ!?」
「う~~~ん。私、魔法の指輪がほしいニャン! バーレさん、買ってほしいニャン!」
「待って! 魔法の指輪も俺が買ってあげるからっ! 俺の味方のままでいてっ!」
ミルキーのおねだりに財布だけでなく、金玉までもが縮みあがりそうであった。レオンは玉ポジを直しながら、リゼルの街へと戻る……。
◆ ◆ ◆
それから1日半後、レオンたちはリゼルの街へと戻ってきた。冒険者ギルドへ立ち寄り、商人護衛とデータ受け取りの報酬を両方とももらう。
「はい、これが報酬よ。喧嘩しないように事前に4分割しておいたわ」
受付のお姉さんは本当に気が利くヒトだ。カウンターの上にお金が詰まった革袋を4つ、置いてくれた。
仲間たちが満足げな表情でそれを受け取り、収納魔法を使って、虚空へと仕舞う。
レオンも仲間たちと同じように革袋を虚空へと仕舞おうとした。だがそうする前にミルキーが抱き着いてきた。
「じゃあ、さっそくお買い物に行きましょ!」
「えっ!?ちょっと待って! 今からなの!?」
「私、新しい魔法使いのローブがほしいにゃん♪ ねぇ、いいでしょぉ?」
ミルキーがチュッとほっぺたにキスしてくれた。ほっぺたに柔らかい唇の感触を受けて、そのままほっぺたが溶け落ちてしまいそうな感覚に襲われる。
ミルキーに負けじとエクレアもこちらへと身体を寄せてくれた。空いてる左腕をぶかぶかの僧侶服の上から豊満なおっぱいの谷間に沈み込ませてくれた。
「勇者様ぁ。あたらしいメガネが欲しいのぉ。瓶底メガネじゃないやつでぇ」
「むほむほっ。色気づきやがって、エクレアめっ! でも、エクレアの瓶底メガネはキミのアイデンティティだぞ?」
「うっ……痛いところを突きますね」
「他の物を買ってやるって!」
「わーい! 勇者様、大好きぃ!」
「ケッ!」
バーレの悔しげな声が聞こえた気がしたが、一切無視だ。こういう細かい気遣いが出来てこそ、女性陣の信頼を勝ち取れる。
それを怠っているバーレが悪い。レオンは両手に花の状態で、冒険者ギルドから出ようとした。
しかし、レオンは気づいてしまった。杖をつく音をわざとらしく大きめに鳴らしながら、自分の背後へと近づいてくる人物がいることに……。
レオンはげんなりとした表情になりながら、後ろへと振り向く。未だにその正体を明かそうともしない謎の老人が「ほっほっほ」と言っている。
「ゴブリンクイーンの討伐、見事であったぞ」
「ありがとうございます……俺、急いでるんで! これからミルキーたちとお買い物デートなんです!」
身体を冒険者ギルドの出入り口へと向け直そうとした。だが、こちらの動きを静止するかのように、顔へと杖の先端を突き付けられてしまった。
こうなってはどうしようもない。レオンは身体の動きを止める。
「慌てるな。それよりもいいことを教えてやろう。ドラゴンの鱗すら簡単に切り裂くことができる剣がこの街にあることを知っているか?」
「え? それ、デートと何か関係あります?」
出来る限り、抵抗を試みる。しかし、謎の老人に一喝されてしまった。
「ばっかもーん! おぬしはニセ勇者であろうが! ドラゴンが街を襲ってきた時に立ち向かうのはニセ勇者、そなたであろうがっ!」
「えっ? そうなんです……? 俺、ドラゴンよりもミルキーたちとお買い物デートしたいです……なあ、バーレ」
「えっ? おれっちに話を振っちゃう? ここで? おれっちがレオンの味方だと思った?」
「獅子身中の虫とはバーレのことだったかぁ!」
「大事な話っぽいから、聞いておけよっ!」
バーレの裏切りにより、レオンは渋々であるが老人の長話に付き合わされることになった。
老人が言うにはタンス漁り勇者が文字通り、タンスを漁ってドラゴン・バスターを手に入れてしまったとのことだった。
「タンス漁り勇者如きのあいつでは宝の持ち腐れなのじゃよ。ニセ勇者レオン、おぬしがそれを手にしてほしい」
「えーーー? ひとさまの物を俺が奪えってことですかぁ!? 女神様の教えに反していると思うんですけどぉ!」
「確かにそうかもしれん。しかしだ……この件に関しては女神様もおおめに見てくれると思うのじゃ」
「本当ですか? 俺、後で神罰を喰らうの嫌ですよ?」
「……」
「そこで黙るのやめてもらえます!?」