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第43話:竜皇襲来(4)

 老人が杖を取り、入れ歯を口の中に収める。彼はその場でゆっくりと立ち上がり、こちらへ鋭い視線を飛ばしてきた。


「このおふざけ勇者がっ!」

「それって褒められてます? 照れるなぁ!」

「ばっかもーーーん! はぁはぁ……ああ、おぬしと話しているだけで血圧が200を越えるわい!」


 謎の老人は猛り狂っていた。顔中に血管が浮き出ている。そのままぽっくり逝ってしまうのではなかろうかという危惧が湧き上がってくる。


 受付のお姉さんがやってきて、「どうどう……」と老人を宥めてくれた。落ち着きを取り戻した老人は、こちらをじろりと睨んでくる。


 それに気圧されながらも、老人との対話が始まった。


「ニセ勇者(むっつりすけべ)よ。竜皇をどうにかできそうなのか?」

「ドラゴン・バスターを雷魔法で補強すればあるいは?」


 確かな予感があった。固すぎる竜の鱗すらも切り裂くことが出来ると言われているドラゴン・バスターだ。


 それに自分の雷魔法を纏わせれば、あの巨大すぎる竜皇にもダメージを確実に入れられるような気がした。


「それを聞いて安心したぞ。では、セントラル・センターが竜皇の足止めをしてくれている間にドラゴン・バスターを探してくるのじゃ!」

「それ、俺の役目なんですか!? てか、どうやって探してくるんです? リゼルの街中を走り回れってことです?」


 リゼルの街の中心部にあるセントラル・センターが竜皇の足止めをしてくれるという言葉を鵜呑みに出来なかった。


 リゼルの街を覆っていた白いベールは竜皇の頭突き1発で、いとも簡単に破壊されている。それほどの脅威をセントラル・センターがどうにかできるとは思えない。


 だが、こちらの心配を無視するかのように老人が話を続けてしまう。


「案ずるな。勇者と勇者は導かれ合う運命じゃ。探し回るほどのこともないじゃろう。自然と出くわす。それがこの世界のルールなのじゃ」

「はぁ……?」

「わかっとらんという顔をしておるのう。まさか、真の勇者伝説を知らぬのか?」

「知りませんけど」

「ズコーーー!」


 老人がまたしても盛大にずっこけた。しかしながら、今度はすぐ近くに受付のお姉さんがいたため、大事には至らなかった。老人はお姉さんに介抱されながら、すぐさま立ち上がってきた。


「まったく、近頃の若者はっ! この国の教育はどうなっておるっ!」

「そんなこと言われても……俺、冒険者登録した時に、そんな説明、受けませんでしたよ?」

「えっ? じゃあ……冒険者ギルドの怠慢のせい!?」


 老人が目を白黒させながら、後ろに控えている受付のお姉さんの方へと顔を向けた。お姉さんは「えへへ……」と申し訳なさそうにしている。


 どうやら、落ち度は冒険者ギルドの方にあるようだ。老人がこちらへと顔を向け直して「ゴホン……」とわざとらしく咳払いしている。


「最後に立っていた者が真の勇者になる資格を持っている。勇者と呼ばれる者が大勢いるのはそういう理由があってのことじゃ」

「なるほど……って、勇者バトルロワイヤルってこと!?」

「言い得て妙じゃな。その言い方、こちらも使わせてもらおう」


 それからも老人からこの世界の勇者伝説を聞かされることになった。女神信仰の僧侶エクレアは目を異様にキラキラと輝かせている。


 バーレはバンバンと背中を叩いてきた。きっと、彼は自分を勇気づけてくれているのだろう。


 ミルキーは鼻息をふんふんと鳴らしている。きっと、彼女は勇者である自分の役に立てることに興奮しているのだろう。


 ミルキーからやる気満々のオーラが湧き上がっている。それ自体は嬉しい。しかし、彼女が意気込むほど、こちらへ誤射される魔法の回数が増えるに決まっている。


(前途多難だけど……俺がドラゴン・バスターを手に入れるのは運命なんだろうな)


 レオンはドラゴン・バスターを手に入れるため、真の勇者候補争いに巻き込まれることになった……。


◆ ◆ ◆


 レオンたちは冒険者ギルドの外に出る。それと同時にリゼルの街全体が震えた。立っていられないほどの地震が起きた。


「今度は何だ!?」

「レオン、セントラル・センターの方を見ろっ!」

「ん? うおおお! セントラル・センターが変形していくぅ! これは燃えるぜっ!」


 リゼルの街の表層部に亀裂が走っていく。しかしながら、その亀裂は規則正しいものであった。


 リゼルの街が区画を巻き込んで盛り上がっていく。ゴゴゴ……と重低音が鳴る。地面の下側に隠されていたものが地面の上へと現れた。


「地上戦艦じゃーーーん!」

「これはおれっちも心がたぎるぜっ!」


 セントラル・センターの変形はリゼルの街全体を巻き込んだ。いくつものポールが地面からニョキニョキと竹のように生えてくる。


 そのポールの上方から分厚い布が下側へと降りていく。竜皇が放つ多大な冷風を受けて、白い帆が張られた。


『ヨーソロー! 主砲並びに副砲を竜皇へと向けよっ! 住民はすぐにシェルターへ避難されたしっ!』

『魔導エンジン点火ヨシッ! 主砲並びに副砲の角度ヨシッ! いつでも撃てます、艦長!』

『住民の避難は完了したかっ!』

『住民の避難率97%完了! あとは自己責任ってことでっ!』

『了解した! 放てえぇぇ!』


 地上戦艦へと変わったセントラル・センターが竜皇へと砲撃を開始した。地上戦艦の看板に並んだ砲台から次々と極太ビームが発射された。


 とてつもないエネルギーが放たれたことで、地上戦艦自体が向きを少しだけ変えた。


『こしゃくなぁ! われに抗うかぁ!』


 竜皇も負けじと応戦を開始した。大きな口を開き、冷気の極太ビームを放つ。地上戦艦と竜皇の間ですさまじい量の光と音が発生した。


 どちらも一歩も引くことはなかった。竜皇の咆哮とともに発生した冷気のビームが地上戦艦の甲板の一部を破砕した。


 負けじと地上戦艦は砲台から次々とビームを放った。竜皇が首を捻って、自身の周りに冷気のオーラを纏わせる。


 そのオーラが障壁となり、地上戦艦からの攻撃のほとんどを防いでしまった。どう見ても、地上戦艦側の方が不利になっていた。


「うっひゃぁぁぁ! すげえっ! 俺も混ざりたいっ!」

「ばかっ! おれっちたちはドラゴン・バスターを探すことが先決だっ」

「そうは言っても、この状況下でそれを持ってるタンス漁り勇者を探すの、無理じゃね!?」

「よく気づいた! おれっちもちょうど、そう思ってた!」

「じゃあ、どうすりゃいいんだ!? 指を咥えて、地上戦艦VS竜皇の戦いを見てることしかないの!?」


 レオンはバーレを問い詰めた。バーレはそわそわとしている。きっと、何か名案を思い付いてくれるに違いない。だが、バーレが「くそっ!」とうめき声をあげてしまった。


「バーレ、お前を頼りにしてるんだぞっ! お前がそれじゃ、俺、困っちゃうだろ!」

「そうは言っても……なあ、エクレア。何か無いのか!?」


 バーレが困り果てた様子でエクレアの方へと顔を向けた。それに合わせて、エクレアがこくりと頷いてくれた。


「勇者の証を出してください、勇者様! その証が他の勇者と共鳴するはずです!」

「それ、早く言ってね!? 今まで費やした時間、何だったわけ!?」

「慌てふためく勇者様が貴重だったので、見に徹していました!」

「お、おう……こんな状況なのにずいぶん余裕だな」

「あたしの目に映るのは勇者様のご活躍だけですのぉ!」

「あっはい」


 うっとりした表情のエクレアを無視して荷物入れをごそごそと探す。受付のお姉さんから受け取った勇者のバッジを取り出す。


 それを左手で握り込んだ。さらにはそれに魔力を集中させると一条の光が飛び出した。その光は地上戦艦へと続いている。


「この光の導きに従えってことだな!? エクレア、そうだよね!?」

「たぶん……」

「そこは、はい、その通りですわ! でしょ!?」

「いえ……適当に言ってみただけなので」

「ちょっとぉぉぉ!?」


 エクレアがこちらから視線を外した。しかしながら、それでも、今は勇者の証が示すこの光に頼るしかない。


 レオンたちはこくりと頷き、街の中心部のセントラル・センターへと向かう。だが、そんなレオンたちの下へと流れ弾が飛んできた。


「ミルキー、エクレア、危ない!」


 戦士バーレが肉壁となって、女魔法使いミルキーと僧侶エクレアを守ってくれた。ニセ勇者レオンは守ってもらえず、ひとり飛んでいく。


 ひとり空を舞っていく中、レオンは急いで左手を振りかざした。


「移動魔法ランラン・ルー!」


 レオンはことなきを得た。すぐさま、バーレたちと合流する。しかし、レオンの怒りは収まらない。


「てめーーー!」

「わざとじゃねえよ! 婦女子を最優先に守るのは当たり前だろ! お前も同じ状況だったら、おれっちを見捨てるだろ! 違うか!?」

「くっ! 返す言葉もない! 俺のミルキーを見る目がいやらしいバーレ。お前を犠牲にすることに躊躇しないと思う!」

「さすがは恋敵と書いてライバルだ!」


 レオンはバーレと和解した。グータッチして、さらにはガシッと右手同士を絡ませた。


「あの……私をめぐって喧嘩しないで? それよりも地上戦艦へと向かいましょう?」

「お、おう! ミルキー、お前が可愛いからいけないんだぞ、反省して?」

「えへへ……そんなこと言われると、もっとおねだりしたくなっちゃう」

「う、うん。ほどほどにねっ!?」


 ひと悶着あったがレオンとバーレの絆はより固いものとなった。レオンたちは地上戦艦と化したセントラル・センターに向かって、一斉に走り出す。


 そこに向かう最中、レオンは隣を走るバーレへと声を掛けた。


「なあ……心の友バーレ。エクレアを狙ってくれない?」

「お前……地雷とわかっていて、自ら踏みに行く奴がいるか?」

「うん、さすが恋敵と書いてライバルだ……な。俺とバーレは同じ気持ちだっ」

「抜け駆けは無しでよろしくっ。さて、ここで問題です。エッチな水着が売っていました。ミルキーとエクレア、どっちに着せたいですか?」

「ふっ……それ、聞く必要ある? そりゃGカップのエクレアだろ」

「正解だっ!」


 ニヤリと口角を上げ合った。レオンとバーレはさらに絆を深め合った。リゼルの街全体が異常事態であるというのに、いつものレオンたちである。


 少しずつ、レオンたちの目に地上戦艦がどんどん大きく映っていく……。

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