「さてと……ここまで意外とすんなり近づけたが、どうやって中に侵入する?」
「バーレ、お前が囮になってくれっ!」
「あほかっ! 問答無用で捕まるわっ!」
「その間に俺、ミルキー、エクレアの3人で侵入する。バーレは牢獄だ。完璧な作戦だろ!?」
「これ以上、女性陣の点数を稼がせてたまるかよっ!」
物陰に隠れていたレオンとバーレが取っ組み合いの喧嘩を始める。お互いのほっぺたを手でギリギリと掴み合う。
どちらも一歩も引かない。「てめーが囮になれっ!」とお互いの身を地上戦艦の入り口で立っている衛兵にその身を差し出させようとした。
「いい加減にしてください、勇者様」
エクレアが虚空から取り出したピンク色のスリッパでパンパンと勢いよく叩かれた。それによって、ようやく正気を取り戻すレオンたちであった。
「ここはあたしに任せてください。土の精霊よ。仮初の身体を手に入れて、姿を現して。かの者たちの目を欺いてほしい……」
エクレアが両手を地面に当てる。手を当てた部分が盛り上がっていく。10秒もしないうちに、土色をした4体の偽レオン一行が出来上がった。
土くれの偽レオンたちが堂々と衛兵たちの前へと躍り出る。衛兵たちが一斉に槍の穂先を偽レオンたちへと向けた。
「なんだ!? 不届き者か!?」
「フフ……オレノ妖シイ踊リヲ見ロ!」
偽レオンがいきなり踊りの構えを取った。ギクシャクとした動きで踊り出す。それに続いて偽バーレ、偽ミルキー、偽エクレアも踊り出した。
「ぐぁっ! 見ているだけで力が抜ける!」
衛兵たちが苦しみ、バタバタと倒れ始めた。レオンたちは偽レオンたちの活躍に目を皿のようにするしかなかった。
踊り終えた偽レオンたちがこちらへとサムズアップしてきた。こちらとしては「お、おう……」とサムズアップするしかなかった。
あっけにとられていると役目を終えた偽レオンたちがその場で崩れ落ちていき、元の土へと戻ってしまった。
「お役目、ご苦労ってやつなのかな?」
「勇者様、行きましょう。彼らの頑張りを無駄にはできません!」
「う、うん。俺の妖しい踊りって、こんな効果もあるんだな……」
レオンは改めて、自分の妖しい踊りの効果に驚きを隠せなかった。魔物を呼ぶだけでなく、ヒトの精気も吸い取ることができることを知った。
改めて、妖しい踊りを封印せざるをえない理由ができた。レオンは「くっ! 俺の踊りは幸せを運んでくれないのかっ!」と悔しげな言葉を口にするしかなかった……。
倒れた衛兵たちをよそに、地上戦艦の内部へと乗り込む。中で慌ただしく職員たちが働いていた。
「消火活動を急げ! お前、働きもせずに何で弁当を喰ってんだ!?」
「消化活動です!」
「ばっかやろーい!」
地上戦艦の内部では怒号が飛び交っていた。彼らに見つからないようにこっそりとレオンたちはタンス漁り勇者を探した。
勇者の証から出る光を頼りに地上戦艦の中を上へと進んでいく。それでもなかなかタンス漁り勇者に出くわすことはなかった。
やがて勇者一行は地上戦艦のブリッジと思わしき場所のドアの前までたどり着いた。
「これ……中に乗り込んでいいやつなのか?」
「おやおや? 勇者ともあろうレオンは怖気づいちゃったのか?」
「バーレ、この野郎! ここで挑発してくる?」
「ほら、行くぞ。ここまで来たら、でたとこ勝負だろ」
バーレがドアの横にあるパネルに右手を当てる。すると、そのパネルが赤色から緑色へと変わり、ドアが横へとスッ……とスライドした。
レオンはゴクリと息を飲む。ブリッジに乗り込んだら言い訳は一切できない。大罪人と罵られる可能性はおおいにあった。
「うっし! 俺に続いてくれ、皆! 一連托生だ!」
「なにかあったら、全部、レオンさんのせいにするねっ!」
「ミルキーちゃん、その通りだっ! レオンが悪いで押し通す」
「勇者様、あたしの人生も責任を取ってくださいねっ!」
「お前らっ! あとで覚えてろよっ!」
勇気を振り絞り、ブリッジの中へと進む。するとだ、侵入者に気付く余裕もないほどに、ブリッジ内は大混乱の真っ最中であった。
「タンス漁り勇者殿! こちらの砲撃がまったく通りませんぞっ! どうされるおつもりかっ!」
「ふっ! 魔導砲を実弾に切り替えたまえっ! 魔力を弾くというのであれば、質量のパワーで押し切ればよかろうっ!」
「ふむっ。さすがはタンス漁り勇者殿っ! それは名案だっ! 皆、タンス漁り勇者殿を砲弾代わりに大砲に詰め込む準備をっ!」
「なんでそうなるのぉ!」
ブリッジ内の様子から、地上戦艦の攻撃が竜皇にほとんど効いていないことが伝わってきた。彼らは必死に竜皇に抗っているが、それでも竜皇は強大すぎる敵だった。
どうにかして、竜皇に有効打を与えたい艦長はタンス漁り勇者を砲弾代わりに撃ち出そうというとんでもない作戦を決行しようとしていた。
「ちょっと待ってくれたまえ!」
「皆の者、急げっ! タンス漁り勇者殿を捕まえろっ!」
「そこのキミ、私を助けてくれっ!」
「お、俺!?」
タンス漁り勇者がこちらにしがみついてきた。ブリッジにいる職員たちの視線がいっせいにこちらへと向いてきた。
「俺はニセ勇者(むっつりすけべ)だ! タンス漁り勇者じゃない!」
「勇者殿がもうひとり!?」
「これは失礼しました!」
「一同、新たな勇者殿に敬礼を!」
艦長の鶴の一声によって、職員たちが立ち止まる。お互いに顔を見合わせて、動きを止めてくれた。さらには一斉にこちらへと敬礼してくれた。
こちらにしがみついてきたタンス漁り勇者がホッと胸を撫でおろしている。彼は立ち上がり、前髪を手でふわっとかき上げた後、「ふっ……」と意味ありげな声を出す。
そして、何を思ったのか、こちらへと指差してきた。
「飛んで火に入る夏の勇者とは、まさにキミのことだっ!」
「えっ? どういうこと?」
「わからないのかね? タンス漁りはニセよりもランクが上なのだっ!」
「もしかしてだけど……俺が砲弾代わりになるってことですかぁ!?」
「皆の者、ニセ勇者を捕らえて、大砲に詰め込みたまえ!」
タンス漁り勇者が号令をかけた。その途端、ブリッジ内はざわめいた。互いに顔を見合わせている。戸惑っているのがありありと伝わってくる。
「ええい! 何をしているっ! 軍の指揮系統から言えば、ニセ勇者の彼よりも、私の方が上なのだよっ!」
「しかしですね……勇者と勇者が出会った時、それは勇者王決定戦が始まることでもありますぞ! それを無視することはできませぬっ!」
「くっ! 頭が固い御人だなっ!」
タンス漁り勇者がじたんだ踏んでいる。どうやら、彼の目論見は外れたように見える。とりあえず、今すぐ砲弾の代わりに大砲に詰め込まれる危険はなさそうであった。
「すみませんーーー。俺、よくわかってないんですけど。勇者王決定戦ってやつで、タンス漁り勇者をぶっ飛ばせばいいんですか?」
「ふっ……ニセ勇者如きが私に勝とうとは、身の程知らずにもほどがある」
「ライトニング・メガ・キャノン」
「うぎゃぁぁぁ!」
レオンは一切の躊躇をしなかった。左手をタンス漁り勇者の方へと向けた。左手の先から真っ黒な雷球を生み出し、それを彼の方へと発射した。
「お前ぇぇぇ! 前口上の時に攻撃するのは卑怯だぞ!」
「バーレ。タンス漁り勇者が何か意味不明なことをほざいてるぞ? 俺を砲弾代わりにしようとしたくせにな?」
「気持ちはわかるぞ、レオン。でも、不意打ちはダメだと思う」
バーレにたしなめられてしまった。納得はできないが、それでも不意打ちは勇者としては、恥じるべき行為でもある。
だからこそ、改めて、こちらは名乗りを挙げた。
「俺の名はニセ勇者(むっつりすけべ)のレオンだ! ライトニング・メガ・キャノン!
「こっちは名乗りがまだだろうがぁぁぁ!」
さすがは勇者を名乗っているだけはある。2発、先行して雷魔法をぶち込んでやったというのに、タンス漁り勇者はまだ息をしている。
きざったらしい優男であったというのに、今はアフロの頭でさらにはボロボロの姿恰好となっている。それでも立ち上がって、こちらを散々に罵倒してきた。
「ふんっ。勇者の風上にもおけないやつだ! 私のランクアップのために散るがよいわっ!」
「どういうことだっ!」
「勇者と勇者は惹かれあう。お前を倒し、さらには竜皇を倒して、僕はランクアップして勇者王になるんだ! あーははっ!」
タンス漁り勇者は腰に手を当て、踏ん反り返っている。こちらは目をキラキラさせるしかなかった。
「うわぁ! 勇者王ってかっこいい響きだ! 勇者王専用の変形ロボに乗れるんだよね!?」
「勇者王になれば、そういうことも可能だろうなっ! 勇者はランクアップすることで、いろんな特権をもらえる。他人の家のタンス漁りもそのひとつ! この特権で私はドラゴン・バスターを手に入れ……えっ!?」
「ライトニング・メガ・バズーカ」
「3度目も不意打ちかよぉぉぉ! うぎゃあああ!」
「ふっ……これで俺が勇者王だ!」
さすがのタンス漁り勇者も3度に渡る不意打ちには勝てなかったようだ。ブスブスと焦げた匂いと黒い煙を体中から出しながら、その場で大の字になって倒れてくれた。
レオンは勝利の喜びを仲間たちと分かち合いたかった。仲間たちに向かって、万歳と手を振り上げてみせた。だが、仲間たちはジト目でレオンを睨んできた……。
「レオン……前口上が終わらないうちに攻撃するのはダメだろうが」
「レオンさん……いくらなんでも卑怯よ」
「でも、そんな勇者様に濡れちゃいますぅ~~~♪」
・女神からのコメント:デデーーン。レオンくん、アウトー! ニセ勇者レオンくんは仲間からの信頼度が100ダウン! 失った信頼回復は大変だぞっ(ニヤニヤ)
事件に巻き込む気満々のタンス漁り勇者を一方的にぶちのめしたレオンであった。そもそも悪いのはタンス漁り勇者のはずだった。
しかし、それでも3連続の不意打ちを放った代償は大きかった。
(ふっ……勇者王への道は険しいってやつだ……なっ!)