目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話:竜皇襲来(7)

 竜皇は苦悶の大怒声を上げ続けていた。レオンは抜けなくなってしまったドラゴン・バスターから手を離す。


 エクレアが作り出してくれた霧の巨人の手のひらへと乗り移る。その巨人の肩にはバーレとミルキーが乗っている。


 山のように大きい竜皇がどんどん小さくなっていくと同時に、それに合わせてゆっくり地上へとレオンたちは降りていく。


 バーレがゴクリと息を飲んでいるのがこちらの耳にも届いた。


「ずいぶん、小さくなっていくな……。レオン、竜皇はこのまま消滅しちまうのかな?」

「うーーーん。深手を負わせた手ごたえはあったけど……トドメって感じまでは至らなかった」

「マジか……さすが竜皇だぜっ! そうやすやすとは倒させてくれないってか!」

「うんうん、ラストバトルと思わせておいて、次は変身形態と戦わせられるやつ。大物ボスの鉄板じゃん?」

「そういうのに詳しいのか? おれっちはそんなのとは戦ったことないから、わからん」

「あれ? 俺もどこで仕入れた知識だろ?」


 レオンは第2形態を持っているボスと戦ったことがあるという認識を持っていた。それは記憶の片隅にぼんやりとしたものであった。だが記憶間違いではない気がしてたまらない。


 自分が緊張を解かないのが仲間たちに伝わっているのか、ミルキーとエクレアは警戒心を保ってくれている。


 レオンたちは地上へとたどり着くと、霧の巨人から降りて、久しぶりの土の地面に足をつけることになる。


 未だに見上げるほどに竜皇は大きい。レオンの予想ではワイバーン程度の大きさにまで縮むと考えていた。


「あれ? これ……ひょっとして?」


 レオンは隣に立つバーレの方へと顔を向けた。バーレの頬が引きつっているのがわかる。バーレも次はワイバーン程度の大きさの竜皇と戦う予想をしていたのだと感じ取れる。


「やべえっ! 小さくなってくれたのはいいけどさぁ! これ、狙って小さくなったよな!? レオンよぉ!」

「俺も逃げたほうが良いやつだと思えてきた!」


 山のように大きかった竜皇はヒトと変わらぬサイズまで小さくなっていた。苦々しい表情になりながら、ギラギラとした真っ赤な目でこちらを睨んでくる。


 額からは二本の角。全身が真っ青な鱗で覆われている。尻には爬虫類を思わせる尻尾があった。


 額に作ってやった傷跡など、とっくに消えている。全身から息を止められそうなほどの真っ白な威圧感を竜皇が放っている。


「レオンさん……実家に帰っていいです?」

「ミルキー! そんなこと言わないで、一緒に戦ってくださーーーい!」

「こんなヤバそうなのと戦うとなると、レオンさんにもっとおねだりしないといけないですニャン!」

「こんなピンチの場面でおねだりしてくるその根性を見習いたいよっ! ライトニング・バレット!」


 レオンは急いで左手の人差し指をヒト型になった竜皇へと向けた。指の先端から小さくて黒い雷球を発射した。


 しかし、竜皇はまるで飛んできた蚊を払うかのように右手でパンと弾いてしまった……。


「おいおいおーーーい! こんなの聞いてねえぞ、レオン! 第2形態ってのはこんなヤバイ奴なのかよぉ!」

「バーレ、落ち着け! フォーメーションだっ! バーレが先頭! 俺がバーレの背中! ミルキーとエクレアは俺の背中にぴったり張り付くんだっ!」

「おいおいおーーーい! おれっちが犠牲になるのかよっ!」

「お前、肉壁戦士だろうがっ!」

「だったわ! びびりすぎて、失念してた! ファイヤー・シールド!」


 バーレが先頭に立ち、大盾を構える。大盾から赤い光が放射されて、大盾のサイズ感を3倍に増した。そこに向かって、竜皇がぞんざいに右手でパンチを繰り出してきた。


 真っ白なオーラに包まれた竜皇の拳がバーレの大盾とぶつかった瞬間、バーレの大盾が真っ白に凍り付く。


 さらには真っ白な風が吹き荒れて、辺り一帯が雪化粧へと様変わりした……。


 レオンたち全員がひくひくと頬をひきつらせた。


「あっごめん。レオン、これ、まったく勝てる気がしない」

「うん。今のうちに謝っとく?」

「謝って許してもらえるのでしょうか? レオンさん……」

「ダメです! 弱気になるのは勇者失格です!」

「エクレア! お前、この状況でそう言えることがすげえよっ!」


 言い合うレオンたちの息が真っ白であった。竜皇がゴキゴキと首と肩を鳴らしている。それだけで怖気が走ってしまう相手であった。その竜皇がようやく重い口を開く。


「我はニンゲンが嫌いだ。ヒト型形態にされるのは屈辱そのものだっ!」

「なんでニンゲン嫌いなのにヒト型形態なんです?」

「これが第2形態になるように作られたんだよっ!」

「うわあ……ひどいやつもいますね」

「すっとぼけるな、忌々しい女神の使徒である勇者がーーー!」

「バーレ、大変だ! 俺、存在するだけで竜皇に忌み嫌われる存在だったみたい!」

「お前……つくづくすごい人生を歩まされるようになってんだな……」


 バーレが同情の目で見てくれる。こちらの肩にポンと手を置いたかと思えば、背中に手を回して、こちらを竜皇へとドンと突き出してくれた。


「バーレ! お前のこと、一生恨むからなっ!」

「時間を稼いでほしいだけだわっ! 心の準備ってもんが一般人には必要なんだよっ!」

「俺も一般人枠に入れてもらっていいですかぁ!?」

「ダメでーーーす。レオンはニセ勇者(むっつりすけべ)。そして、おれっちたちは一般職。はい、全然違いますっ!」

「バーーーレーーー!」


 仲間であるはずのバーレによって、竜皇との一騎打ちをさせられることになってしまった。悔しさで奥歯をギリギリと噛みしめた。


 そんなレオンの心の中に女神からの天啓が届くことになる。


・女神からのコメント:レオンくん、がんばれー! 勇者は弱き者を守る存在よっ! レオンくんの勇気の炎を皆の心に伝播させることが勝利の道筋よっ!


(女神様……言っていることはごもっともなのですけど。俺、タイツ1枚の姿です。こんな格好の勇者が何出来るんですかぁ!?)


・女神からのコメント:竜皇はプライドが高いから丸腰の相手を嬲ることはしないわ。試しに剣を拾っていいか聞いてみたらいいわよ?


(本当? 女神様のこと信じていいんです?)


・女神からのコメント:トラスト・ミー(どや顔)


 レオンは女神に対して、めちゃくちゃ不信感を抱く。しかし、善行ガイドブックの第1条:女神への敬意:女神の言うことは全て真実であり、疑うことをしてはいけないを思い出す。


 こうなれば当たって砕けろの精神を発揮することにした。竜皇の足元にはドラゴン・バスターが転がっている。それを指差し「丸腰の相手を一方的に殴るつもりか!?」と挑発してみせた。


「ふんっ! こんなおもちゃでどうにかできるなら、使うがよいっ!」

「へっ! 余裕しゃくしゃくだなっ! 涙が出てくるぜ、ありがとうございます! 大事に使わせてもらいます!」


 とりあえず、剣を手に取ることに成功した。しかしながら、こちらが剣を構えると同時に竜皇が左手に持っている謎の宝玉から青白い光が飛び出してきた。


 目をやられると思って両腕を使って顔をガードした。その行為によって自ら隙を作ってしまった。


 背中にドスンという重い衝撃を喰らう。そのまま、突き飛ばされて幹まで凍った木に顔面から突っ込むことになった。


「いってえーーー! おい、目くらましってセコすぎない!?」

「これは致し方ないのだ。わざとじゃない。次は腹パンな? しっかり耐えるんだぞ?」

「ぐぇっ! いちいち、その宝玉を光らせるのが卑怯だって言ってるんだよっ!」

「やかましいやつだ。これは竜皇の珠玉だぞ。これこそ、我の武器なのだ。そこにツッコミを入れるんじゃあないっ!」


 レオンは剣を手にしたはいいが、一方的に竜皇にボコられることになる。そんな中でもレオンは勝ち筋を見出すために考え続けていた。


「わかってきたぞ……お前、力の源はその珠玉だろ。それから力を引き出す際についでにそれが光る」

「ご名答。バカかと思っていたが、案外賢いじゃないか」

「そりゃ俺は知力255でカンストしてるからなっ!」

「……カンスト値、低すぎないか?」

「やめてくれませんこと!? そういうのがヒトを傷つけるんだよ!?」


 レオンは唸り声をあげながらも、必死に竜皇との一騎打ちを開始した。雷を纏わせた剣を振り回す。雷球を竜皇に放つ。そのことごとくを竜皇の手刀と尻尾で叩き落とされた。


 すかさず竜皇からの攻撃を叩きこまれた。いちいち、目くらましを喰らい、満足に攻撃を防ぐことができない。どんどんボロボロにされていく。


 それでも懸命に竜皇に抗ってみせた。仲間たちの援護がやってくるのを信じて。


 そんな自分の姿に感銘を受けたのか、仲間たちがこちらの目の前に立ってくれた。


「レオン、待たせたなっ。おれっちも加勢するぜっ!」

「バーレ……」

「レオンさんに買ってほしいものが決まりました!」

「ミルキー……」

「あたしとの結婚前の勇者様を傷物にしないでくださいっ!」

「エクレア……お前と結婚する約束してないよ?」

「あたしだけ、扱いひどくないですか!?」


 バーレたちはレオンの援護に入る。バーレが凍りついたままの大盾を構え、レオンの肉壁となった。


 そこに口角をニヤリとあげた竜皇が尻尾の一振りを叩きこんできた。バーレの大盾は浜辺の砂の城のように簡単に破壊される。


「なん……だとぉ!?」

「もっとレベルを上げてこいっ! この戦いについてきてこれていないぞぉ! ガーハハッ!」


 竜皇は腕組みをしたまま高笑いしていた。バーレはぐぅ! と唸り声をあげつつ、その場で膝をついた。


「バーレさん、私も加勢します! アイス・ビッゲスト・ハンマー!」


 ミルキーは氷魔法で巨大なハンマーを作り出す。それを豪快に振り下ろす。そして、見事にバーレの背中へとぶち当たる。


 バーレが「ぐぇぇぇ!」とカエルが踏まれたような声を上げて、その場で倒れ込む。


「うひぃ! すみません! も、も、もう一度! アイス・ビッゲスト・ハンマー!」

「目を瞑ったまま振り下ろすのはやめてぇ! ぐぇぇぇ!」

「お前ら……何やってんだ?」


 ついには竜皇からツッコミを入れられてしまった……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?