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第49話:病室ではお静かに(2)

 ミルキーはおねだり上手だ。そして自分はおねだり下手だという自覚がある。半ば強引にミルキーからの見返りを求めてしまったために、10数秒ほどの沈黙が自分たちの間に流れた。


 だが、自分は勇者だ。難敵を相手にして引かないのも勇者としての正しい姿でもある。


「むーーー。じゃあ……ほっぺたにチュウは?」

「ありがとうございます!」


 勝った! ついにミルキーの口からはっきりとした見返りの内容を告げてもらえた!


 しかしながらレオンは喜びすぎた。跳ね上がるようにベッドの上で立ち上がり、ガッツポーズをした際に、女神のエッチな本がぽろりとベッドの下へと落ちてしまう。


 それをよりにもよってミルキーに拾われてしまった……。


「私にチューしてほしいって言いながらも、他の女性のこういう水着姿にうほうほ興奮するんだね?」

「グゥ! 聞いてください! 別腹なんです! ミルキーはめっちゃ可愛い! でもですよ!?」

「聞こえなーい。ふんだっ!」


 生きた心地がしない。ミルキーは明らかに不機嫌だ。ミルキーがバーレにエッチな本をぞんざいに手渡している。


 バーレが「ふむ……」と息をつき、エッチな本をそっとベッドの上へと置いてきた。バーレもさすがにこの状況で自分を援護してくれなかった。


(バーレ……何か言って!? 針のむしろに立たされている気分ですわよーーー!)


 待てど暮らせど、バーレは何もしてくれない。観念したレオンは静かにベッドの上で寝ころび、さらにはシーツの中へとエッチな本をしまい込む……。


◆ ◆ ◆


「なあ……そろそろ本当のことを話してくれないか?」


 バーレはベッドの脇に丸椅子を持ってきて、それにどかりと座っている。彼が珍しく神妙な顔をしている。こちらは怪訝な表情となってしまうしかなかった。


「ん? なんのこと?」

「竜皇ひとり倒すのに街ひとつが総出で戦うことになったんだ。そうだというのに他の三種の神器も集める気なんだろ? お前は」


 バーレの目は真剣そのものであった。もうごまかされないぞという雰囲気が伝わってくる。苦笑してみたが、彼はいつものようにおどけた雰囲気に変わってくれなかった。


「俺は俺の国を手にいれる! ってのはどうやっても通用しないよね?」

「そうだな……竜皇と戦って改めて感じた。お前がとんでもなく強いってことと、無謀すぎることに挑戦してるってことがだ」

「バーレ……」

「レオンさん。本当のことを私も聞きたい。その上でおねだりさせてほしいなっ」

「ミルキー……本当、きみってさぁ!?」

「勇者様。国王の勇者様、そして王妃のあたしとの結婚というのはこの際、気にしませんので……正直に教えてほしいです」

「エクレア……あくまでも俺と結婚する意志は変わらないのね!? 嬉しい気もするけど、本当、ここまでくると怖いよ!?」


 レオンは仲間たちによって追い詰められた。その時、善行スクリーンが目の前に展開された。


A:正直に話す:☆☆☆

B:それでもごまかす。

C:国が欲しいんじゃない。世界そのものが欲しいんだと言う:★★★


(魔王、お前さあ!? 火に油を注ぐって言葉、知ってる!? でも、それはそれで面白いから有りっちゃ有りだけどさぁ!?)


 レオンは魔王からの提案を一蹴する。ここは正直に自分が置かれている状況を素直に告げるのが正しいと思えた。


 観念したレオンはぽつりぽつりと自分語りを始める。リゼルの街にやってくる前はオダーニ村でお世話になったこと。


 そこで魔王の力が目覚め、オダーニ村を雷魔法で焼き払ってしまったこと。魔王の力によって暴走した自分を女神が止めてくれたこと。


 さらには女神から自分が魔王の生まれ変わりであると告げられた。それを包み隠さず仲間たちに伝えた。


 しかしながら、仲間たちは頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


(あ、あれ? 皆の様子がおかしいぞ? 何言ってんだこいつって表情になっているんだけど……)


 今度ばかりは嘘をついていない。それでも、ミルキーたちからの雰囲気から、自分の言葉を受け入れられないというのが伝わってくる。


「レオンさんが魔王? 何百年も前に存在したと言われている魔王のことを言っているの?」

「ん? どういうこと? 詳しく頼む」

「伝承では魔王は勇者の手によって、別世界に異界送りされたの。だから、この世界には魔王は存在しないの。そうよね、エクレア」

「はい。女神教会でもそう言い伝えられています。いったいどこの魔王なんですか?」

「えっ!?」


 レオンは困惑するしかなかった。女神は自分のことを魔王の生まれ変わりだとハッキリと言っていた。


 しかし、仲間たちはそもそもこの世界には魔王が存在していないと教えてくれた……。


 ならば、自分はどこぞの魔王の生まれ変わりなのかという疑問が当然のように起こった。真実は女神が知っている。だからこそ、レオンは女神に念話を送った。


(女神様……聞こえますか。今、直接、貴女に問いかけています)


・女神からのメッセージ:現在、女神は居留守です。ピーという発信音の後にメッセージを残してください。ピーーー。


(女神様!? ちょっと、俺に隠し事してませんか!? 俺って本当に魔王の生まれ変わりなんですかーーー!?)


・女神からのメッセージ:善行ガイドブック:第1条:女神への敬意に抵触するけど、それでも聞きたい?


(神罰を喰らうのはいやーーー! でも、真実を知らないのはそれはそれでいやーーー!)


 ミルキーたちが言うことと女神の言うことに齟齬が生じている。自分が知ろうとしていることは世界の禁忌に触れることになるという危惧をひしひしと感じてしまう。


(落ち着け、俺……。ヒントはすでに与えられているんだ、この状況。自分で答えにたどり着けば、女神様からの神罰を喰らうことはないっ!)


・女神からのコメント:レオンくん、賢いっ! ほら、無い知恵振り絞りなさい? 神罰を回避できるわよ♪


(女神様、楽しんでませんか!? 俺、めっちゃ困ってるんですけどぉぉぉ!)


 レオンは自分のこと、魔王のこと、女神の言うこと、仲間たちが教えてくれたことをじっくりと考えてみた。


 その時、頭の中で電球がピコーン! と光った!


「もしかして……俺、別世界からやってきた!? しかも魔王とセットで!? 嘘だろ!?」

「えっ……レオン、お前、何言ってるの!?」

「バーレ! 俺も信じらないんだけど、そうとしか思えないんだよっ!」

「いや、待ってくれよ。レオンが魔王であることは間違いない……てことぉ!?」

「うんっ」

「可愛らしく、うんって言ってんじゃねーよ!」


 バーレがあちゃあとばかりに額に手を当てている。ミルキーはふんすふんすと鼻息を荒くして、さらにはガンギマリの目をしている。


 エクレアは……膝から崩れ落ちて、しくしくと泣き始めていた。


 そんなカオスな状況になっている中、ベッドの近くで神々しい光が虚空からあふれ出す。その光を割るようにひとりの女性が現れた。


 腰まである銀色の髪。男なら誰しもが見惚れるであろうプロポーション。その身体を金の刺繍が施された白色のドレスで覆い隠している。


 レオンはその女性が誰なのかはよく知っている。慈愛の女神だ。女神が地上へと顕現したのだ。


「ぴんぽーん♪ 大正解! 自力で真実にたどり着いて偉い!」

「そんなーーー!? じゃあ、俺自身がこの世界の禁忌ってことじゃないですかぁぁぁ!」

「よしよし♪ そんなに悲観しないで。竜皇をぶっ飛ばして、奴の珠玉を手に入れたじゃない」

「女神様ぁ! 俺、超頑張りましたぁ! パフパフしてほしいですぅ!」

「んもう♪ ダメよっ。わたくしのピンナップイラスト集をあげたでしょ?」

「くっ……どさくさに紛れて、パフパフしてもらおうと思ったのにぃ!」

「甘いわねっ! でも、考えておくわ、他の三種の神器を手に入れたら……ね?」


 女神はレオンを優しく宥めてくれた。さすがは慈愛の女神だ。飴と鞭を巧みに使い分けてくれる。レオンは女神からの新たなご褒美を提示されるに至った。


「なあ、レオン。今どういう状況? このキレイなお姉さまは誰?」


 バーレは状況を今一つわかっていないようだ。そりゃそうだよなとしか、こちらは思えない。バーレたちは女神をその目で実際に見たことはないはずだからだ。


「キレイって言ってくれてありがとうね。レオンくんの善行ポイントをお裾分けするわよ」

「ちょっと、女神様ぁ! それ、俺が必死に集めてるやつーーー!」

「冗談よ。えっと……皆さん、わたくしは慈愛の女神ユピテルよ。魔王のレオンくんを真の勇者へと導いてるの」


 女神が自分に代わって、自分が置かれている状況を説明してくれた。女神はレオンが先ほど皆に告げたことは間違っていないと補足してくれた。


「ハッキリと言うわね。レオンくんは別世界からやってきた魔王なの」

「にわかには信じられないですよっ! レオンが魔王で同時に勇者!? 話が飛躍しすぎで頭が追い付いてきませんよ!」


 女神の言葉を聞いてもバーレたちはそれぞれ顔をしかめ、困惑した様子を見せていた。信じたくないという気持ちが伝わってくる。しかし女神はそんな彼らに変わらず微笑んでいた。


 女神はこちらへとこくりと頷いてきた。自分の口で仲間たちに言うべきことがあるでしょ? と促された気がした。


「俺は冒険者ギルドの判定でニセ勇者(むっつりすけべ)と認定された。これは正しいんだ。でも、このむっつりすけべの由来は、俺が魔王だからなんだ!」

「お、おう!? レオンがむっつりすけべだったのは魔王ゆえだったのか!? お前、本当に面白すぎる人生だな!?」

「さらに言わせてくれっ! 俺はミルキーとエクレアにきわどい水着を着せたいっていう欲望を持っている! 俺の中の魔王がそうさせているんだっ!」

「まじかよ! おれっちもミルキーとエクレアにきわどい水着を着てほしいと思っているぜ? そうだということは……おれっちも魔王ってことになっちまう!」

「バーレ、本当、お前ってやつは!」

「へへっ。ヒップブラザーだろ、俺たち!」


 レオンとバーレはがしっと抱きしめあった。女性陣は引いているというのに、それを無視した。


 持つべきは同性のむっつりすけべ仲間だ! こればかりは女性陣とわかち合えない!

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