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幾度巡り合ったとしてもあなたは私を愛さない ~前世で七回も殺されたので、今度こそ生き延びて真実を暴く~
幾度巡り合ったとしてもあなたは私を愛さない ~前世で七回も殺されたので、今度こそ生き延びて真実を暴く~
雨宮れん
異世界恋愛和風・中華
2024年12月21日
公開日
1.8万字
連載中
呪符を用いた術、呪符術で高名な家系に生まれながら、呪符術を使えなかった碧音。 だが、成人の儀を行った時、不思議な夢を見る。 王宮で行われる儀式の手伝いをするために王宮に行った碧音は、そこで夢の中で出会った男と顔を合わせる。 ――けれど。 彼の顔を見ると恐怖に襲われるのはなぜだろう? 少しずつよみがえる前世の記憶。 生まれ変わって出会う度に、碧音は彼に恋をした。 でも、その度に死を迎えることになる。 今度こそ、死の運命から逃れたい。 碧音の運命の行く先は?

第1話 橘家の落ちこぼれ

 ざざ、と風が吹き抜ける。

 たちばな碧音あおねは、そっと息を吐き出した。

 一年で一番暑い季節。戦の時を想定し、しっかりとした塀に囲まれた橘の屋敷は広大で、掃除だけでも大仕事だ。外廊下の床を拭いている碧音の額には、汗が滲んでいる。

 碧音はこの屋敷の当主──橘威麻呂いまろの娘である。

 ──橘氏。

 玉津国たまつこくでも屈指の名門として知られ、古くから王宮や神殿に仕えてきた由緒正しい一族だ。

 代々呪符を用いて呪いを解いたり、時には敵対者に呪いをかけたりする呪符術じゅふじゅつを巧みに扱う者を多く輩出している一族である。

 その才をもって、権力者達から重宝される術者としての歴史を積み重ね、今では豪族として認識されている。

 もちろん、橘家にも呪符術を使えない者が生まれることはある。碧音もそうだ。そういった者は、橘家を出て、外で生きるのが決まりだ。

 だが、碧音の場合はそうはいかなかった。才能が皆無とはいえ、橘家当主の娘。一族を離れることも許されない。

 結果として、下働きのような仕事をさせられている。


「碧音様、茶の用意をしてもらえますか?」


 廊下の向こうから甲高い声が響いた。父の側近──橘佐祐さすけの声だ。

 佐祐は、橘家の中でも傍系出身なのだが、呪符術を使えない碧音より、父の側近である自分の方が上の立場だと思っているらしい。こうやって、あれこれ彼に言いつけられるようになったのは、いつからだろうか。覚えてすらいない。


「……すぐに持っていきます」


 碧音は立ち上がった。

 一応碧音様とは呼ばれているが、佐祐の声音には碧音に対する敬意なんてまったくなかった。

 ぐずぐずしていたら、また何を言われるかわからない。

 厨では、既に何人もの使用人が夕餉の準備を始めていた。汁物を作っているいい香りも漂っている。

 碧音が足を踏み入れた瞬間、彼らの視線がこちらに集中した。その視線は、好意的なものではない。


「今日、碧音様は厨の係ではなかったですよね」


 悪意というほどではないにしても、ここは碧音の来るべきではないと告げているような声音。

 もう慣れてしまっているからか、いちいち反論する気にもなれない。


「お茶を頼まれたの。お湯をいただけるかしら」

「どうぞ」


 用もなく来たわけではないと知ったとたん、相手の興味は失われた。

 厨の隅で湯を沸かし、茶を整えて父の部屋まで戻る。


「お茶をお持ちしました」


 父の部屋の前では、佐祐が待ちくたびれたというように足を小刻みに動かしていた。


「遅かったですね。そこに置いておいてください」


 佐祐の背後には、父の部屋に通じる戸がある。その戸の向こうからは、誰かの笑い声がかすかに聞こえていた。客人を迎えているらしい。

 戸の前で一礼した碧音は静かに盆を置き、掃除の続きに戻る。

 掃除が終われば、今日は部屋に戻ることができる。雑巾を絞った時、廊下の向こうから人の気配がした。

 顔を上げると、歩いてきたのは美しい刺繍の施された衣を身に着けた綾女あやめだった。綾女は、父の弟の子だ。

 彼女の華やかな美貌は、衣の美しさにも負けてはいない。金の髪飾りで飾られた髪は艶やかな黒。大きな目が碧音を見つめている。


「碧音、こんなところで何をしているの?」

「……掃除」


 見ればわかるだろうに、わざわざ声をかけてくる。とはいえ、綾女の声音に碧音を馬鹿にするような気配はなかった。従姉妹としての情はあるらしい。


「そんなの、あなたの仕事ではないでしょうに」

「そういうわけにはいかないわ。自分にできることをしないと」


 綾女の前に出ると、どうしたって卑屈な自分が出てきてしまう。

 彼女の顔を見ることができなくて、今まで雑巾をかけていた廊下に視線を落とした。

 綾女は、その美貌もさることながら呪符を扱う才に恵まれている。幼い頃から一族の中でも抜きんでた才能を示し、師匠にあたる年配の呪符師をうならせるほどだった。

 橘の才を碧音が受け継がなかった今、綾女が橘の才、そして家を継ぐ者として認識されている。


「でも、あなたには掃除よりももっと大切なことがあるでしょう? もうすぐ、成人の儀だもの」

「ええ。終わったら、自分の訓練をするつもり」

「……そう。頑張ってね」


 艶やかな笑みをひとつ残し、綾女は父の部屋がある方向に去っていく。

 通りすがりに、ふわりと香の香りがした。掃除も忘れたまま、碧音は彼女の後ろ姿を見送った。







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