季節としては今は春だ。樹冠をくぐり抜けて降り注ぐ日光にはどことなく優しさを感じるような気がする。
遠くの方にはのんびりと草を食む鹿たちの姿が見えた。サーミャに聞いてみると、ここではまだ捕まえないらしい。
「寝床を決めて、水場を確保してからだな」
「ああ、冷やさないとダメだからか」
「うん。それに、移動しなきゃいけないときに獲物を追っかけちゃったら、どこにどう進むか分かったもんじゃないだろ」
「そりゃそうだ」
どうやら、俺の頭は朗らかな陽気にあてられていたらしい。今回の主目的は「いざというときの逃走経路確認のための探索」である。
なるべく〝本番〟に寄せた行動を心がけたほうがいいことは間違いない。いくら食糧の確保が大事とはいっても、逃走の道行きでのんびり確保している時間はないし、その過程で行く道を見失っては本末転倒だ。
その辺完全にすっ飛ばしていたあたり、浮かれていたと言われても反論できない。あまり気を張りすぎても疲れてしまうが、もう少し気を緩めないようにしないとな。
そんな決意をこっそりしたが、のどかな小鳥の声に早くも瓦解しそうになった。
「このあたりはどのへんなの? 普段よりかなり遠くまで来ているように感じるけど」
ディアナがそう言って、俺が大半を木々に覆い隠された空を見上げると、太陽はほぼ真上に来ていた。
時々、水分補給程度の休憩はしたが、ほぼここまで歩きづめであったことを考えると、かなり遠くまで来ているはずである。
「いつもより遠いのは正解。家が〝黒の森〟でいうと東側って話はしたっけ?」
「聞いたわ」
おとがいに指を当てるサーミャにディアナが頷く。サーミャが小さく鼻を鳴らして続ける。
「ここはまだ東側だな。今日1日歩いたら、もう少し『真ん中』に近づくぞ。それでもまだまだ余裕で東側だけどな」
「分かってはいたけど、〝黒の森〟ってとんでもなく広いのね。自分の住んでる国ながら驚くわ」
「ここを越えようと思う軍はいないでしょうねぇ」
「少数精鋭でもちょっと避けたいな」
ため息をつくディアナに、アンネが同意し、ヘレンが引き取った。
俺は別の質問をサーミャにぶつける。
「端から端まではどれくらいかかるんだ?」
「一番遠いところでか?」
「ん? ……まぁ、そうだなぁ」
「ずっと歩いて2週間もうちょいくらいか? ゆっくりなら3週間かかるかも」
「そんなにか」
前の世界で、江戸時代の人が1日に八里から十里程度歩けた、というのを何かで読んだ記憶があるが、それからいえば32キロから40キロ程度、これは街道――東海道である――を行ったときの数字なので、32キロから差し引いて25キロ、さらにゆっくりで1日に20キロ程度なのだとすると、実に620キロもあることになる。
直線距離なら前の世界の日本では、東京から広島の尾道まで行ける距離だ。
長辺がそれとして、森が長方形とした場合に短辺もそれなりの距離があるんだろうから、面積としてはやはりとてつもないな。
「今回は1週間くらいで出られるところに行くから心配すんな」
そう苦笑するサーミャに、俺たちは「お手柔らかに」と返すのだった。