午後動く分の栄養を素早く摂取し終えた俺たちは、再び〝黒の森〟を進み始めた。
「クルルとルーシーは退屈してないか?」
俺は少しだけ先を行くサーミャとディアナに声をかけた。その隣をクルルは荷車を牽きながら、ルーシーはその少し先を先導するかのように進んでいる。
その歩きかたから見ても、歩くのが退屈そうな感じはしないのだが、いかんせん子供たちではあるので、退屈してぐずりそうなら、今回に限ってはちょっと遊ぶ時間でももうけてもいいかと思う。
「さっき休んだとこだし、今は歩けて嬉しいみたいだぞ」
サーミャがそう言うと、ルーシーは少し先に走ってから、
「ワンワン!」
と高らかに鳴いた。今のところ不満はない、ということらしい。
ルーシーも声が子狼だった頃と比べてかなり低くなってきた。身体もあの頃とは比べるべくもないほど大きくなった。
柴犬くらいの大きさで止まってくれても良かったのだが、このところぐんぐんと成長し、今や体高が俺の腰の高さをも超えようとしていて、なるほどこの森の狼だったのだな、と思わされる。
狼を見る機会が比較的多かったサーミャとリディの意見としては、
「たぶんまだ大きくなる」
のだそうで、子供のままでいてくれて良いんだぞという俺|(とディアナ)の願いはかなわないようである。
それでも、森の中の一軒家でのんびりと過ごしてきた割には、シュッとした気品溢れる顔になってきたなと親バカの目を通して見ると思うし、身体もガッチリと筋肉がついていながらももっさりとした印象はなく、スマートな印象をうける。
それでもまだまだ子供のようで、遊ぶときは結構はしゃぐし、お姉ちゃんのクルルにもよく甘えているようだ。
そんなルーシーは今、先頭を行ったかと思うと、俺たちの周囲をぐるりと回ってまた先頭に戻る、ということを繰り返している。
空中に鼻を突き出して匂いを嗅いでいるようなので、おそらくは警戒してくれているのだろう。
虎の獣人のサーミャの鼻に、歴戦の傭兵のヘレンの気配察知で万全な状態ではあるが、そこに狼の鼻が加わればより盤石なことは間違いない。
それに、ああして「仕事」をしている間は飽きたと言い出したりはしないだろう。なので、俺は微笑ましくルーシーが「働く」様子を見ながら、自分も森の様子をうかがう。
〝黒の森〟の様子は魔力が濃くて木が生えないうちの周りを除けば、大きく変わることはほとんどない。
点在している水場のすぐそばと、湖や泉から流れ出している川の他は木々が茂っていて、今自分がどの辺りにいるのか分かりにくく、これも「入れば出られない」と言われる要素の一つなのだろうな。
うちはまだ端のほうだし、それなりに目印になる石や木があるが、今歩いているあたりはそれぞれの木の太さも似通っている上に同じ種類のものが生えていて、さっきも通ったのではという感覚に陥る。
時折見かける鹿などの動物がいれば、それを目印にできるのだが、まぁ、動物たちが常に道案内のように視界に入っているわけはないので、余計に進んでいるのかの判断がつきにくい。
しかし、この〝黒の森〟に慣れているサーミャに、ここではないが森に慣れているリディとヘレン、そして同じ場所を巡っていたら本能的に気がつきそうなクルルとルーシーの全員が戸惑う様子がないので、進んではいるらしい。
合間に小休止を挟みつつ、黙々と歩みを進め、もうしばらくすれば空がオレンジに変わってくる頃、サーミャが合図をして全員が足を止めた。
「そろそろか?」
「うん、すぐ側に水場がありそうだ。そこで野営しよう」
俺の言葉にサーミャが頷き、そして家族全員に波のように頷きが広がった。