サーミャの言うとおり、いくらも行かないあたりに小さな泉があった。
どこへ消えているのか、こんこんと湧いている様子は窺えるのに、周囲にあふれ出して沼沢地になっている様子はない。
泉の周りにはリスのような小動物が数匹、泉の水を飲んでいた。うちの周りにいる緑の毛で見えにくい感じのではなく、前の世界のエゾリスに近いような体色のもので、あれはあれで迷彩効果があるんだろうな。
リスたちはこちらの様子を窺いながらも水を飲み続けていたので、俺たちは遠巻きにそれを眺める。
「獲らないのか?」
俺は小声でサーミャに聞いた。ピコリと彼女の耳がこちらを向いてから、顔がこちらを捉える。
「小さくて数がいないからな。これくらいの水場があれば、もっと大きいのがいるから、そっちを獲る」
「わかった」
俺が頷き、家族も皆頷いた。マリベルはもちろん、クルルとルーシー、それにハヤテも理解しているようで静かにしている。
そうしてしばらく待っていると、リスたちは水分補給がすんだのか、そそくさと泉を離れ、木の幹を駆け上って姿を消した。
珍しく俺の肩がディアナに襲われなかったなと思って、彼女のほうをチラッと見ると、プルプルと震えていた。
どうやら騒いでリスたちを脅かさないように堪えていたらしい。俺はそっと彼女の後ろに少し距離をおいて回った。
リスが去った後も、ディアナはわざわざ俺を探すようなことはせず、俺の肩は守られた。
リスたちが去ったあと、泉の水を汲む。ここまでに減った分と、このあと調理に使う分、それと狩りで消費するであろうぶんだ。
水を確保したら、泉からは離れる。俺たちで泉を占有するわけにはいかないからだ。こういった資源は〝黒の森〟に住まう動物全体で共有すべきもの、という考えが獣人たちにはあるらしい。
実際、水場では狼や熊も鹿を襲うことはあまりないのだそうだ。
それで言えば、うちの温泉が森の動物達にとって憩いの場になっているのも、この森の営みとしては正しいことなのだな。
離れる、とは言ってもさほど時間がかからないところまでが望ましい。必要になれば汲みに来ることは出来るくらいでないと不便だからな。
「よし、ここにしよう」
僅かばかり木がまばらになっているところが、泉からほど近いところに見つかった。ギリギリ全員が横になれるくらいだが、この〝黒の森〟で野営をするのにあまり贅沢も言っていられないだろう。
獣人たちが団体ではなく、個人で動くのも固まって動ける場所が少ないのも影響していそうだな。今度リュイサさんにでも聞いてみようかな。
「それじゃ行ってくる」
「ああ」
弓矢を携えて、狩りに出かけるサーミャ、ディアナ、リディにヘレン、そしてアンネとルーシーを見送りながら、俺とリケ、クルル、ハヤテとマリベルはかまどの準備を始めるのだった。