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〝いつも〟とは違う朝

 ふと俺が目を覚ますと、辺りはほんの僅かに明るさを取り戻していた。

 ゆっくりと体を起こし、空を見上げる。樹冠の隙間から見える空は少し白んでいて、お天道様がそろそろ仕事を始めようとしているのがうかがえた。


 あたりを見回すと焚き火はすっかり熾火になっており、皆の寝息と虫の声だけが静寂にほんの僅かな彩りを添えている。

 そう、皆寝ているのだ。不寝番については昨晩サーミャに確認したが、


「これだけ強いのがいたら滅多に襲っちゃこないし、なんかありそうならアタシかヘレンが気がつくよ」


 と請け合ってくれたし、ヘレンも大きく頷いたのでなしにした。


 そして、水を汲むにも今日はいつもみたいに片道15分もかけることはないし、泉の大きさからいって水浴びもない。身体は別のタイミングで綺麗にしている。

 それにどのみち移動するから、朝の水汲みはなしだ。行く道すがらで汲めば十分である。

 そんなわけで、いつもならこの時間には起きているクルルにルーシーとハヤテ、そしてマリベルたちも、今日はまだ夢の中で、俺は貴重な娘たちの幸せそうな寝顔を眺めた。

 次はいつ見られるか分からないからな。


 皆を起こさないようにそっと伸びをしながら、胸いっぱいに空気を吸い込む。いつもとは違う朝の空気が流れ込んできて、同じ〝黒の森〟でも違う場所にいるのだということを俺は実感した。


「となれば……」


 俺はそのまま抜き足差し足で、皆が寝ているところを離れる。「なんかありそうなら気がつく」サーミャとヘレンには感づかれている可能性はあるが、咎めたりはしてこないだろう。


 かさりと落ちていた木の葉を踏む音が思いの外大きく聞こえて、俺は少しだけ身を竦ませた。

 少し早起きな小鳥だろう鳴き声が響いて、今の音が森の調和を乱さなかったらしいことにホッと胸をなで下ろす。


 森のプロであるサーミャや、隠密行動の訓練を受けたヘレンであれば、真後ろに立たれても気がつかないくらいに音と気配を消せるのだろうが、その経験がない俺では、音も気配も消しきれるものではない。

 リスや小鳥を驚かせないように、そろりそろりと歩くのが精一杯だ。


 そんなささやかな頑張りを認めてくれたかのように、寝床から出てきたらしい動物たちが身支度を調えるところを見せてくれた。

 リスはくしくしと顔を手でこすり、小鳥は忙しなく羽繕いをしていた。厳しい話をすれば、少しの油断で命を失うかも知れないものたち――無論それは俺たちもだろうが――の、束の間かもしれないのんびりした姿を見ることができて、「早起きは三文の徳」という言葉が俺の脳裏を過る。


 さて、戻ろうかなと思ったとき、足もとに軽い衝撃を受けた。見ると、ルーシーが尻尾を振ってちょこんとお座りをしていた。

 そうだった、彼女は生まれついての狩人だ。ここまで気配も音もさせずに近寄るなど造作もなかっただろう。


「よしよし、ちょっと早いけど、朝飯の準備するか」


 俺が小声でそう言うと、ルーシーは、


「ワフッ」


 小さい声でそう吠えて、俺を先導して歩き出すのだった。

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