朝食の準備とはいっても、いつもどおりの準備ができるはずもなく、乾燥野菜と肉のスープ――つまりはそれらをたくさんの湯で茹でたもの――になる。
荷車に上って材料を集める。ルーシーもピョイと荷車にジャンプで登ってきた。少し前から俺たちの手を借りずに上がってこられるようにはなっていたが、「かろうじて上がれる」だった頃とは比べるべくもないくらい、しなやかに上がれるようになっている。
「どっちがいい?」
俺は荷車に上がってきたルーシーに肉を見せた。片方は干し肉で、もう片方は昨日獲れた肉だ。ルーシーはクンクンと両方の匂いを嗅いだ後、少しの間首を傾げた。
俺のほうではなく、肉のほうを見ながら首を傾げているので、どちらが良いのか真剣に考えているらしい。
やがてルーシーは片方の前足をあげて、昨日獲れた肉を指した。
「こっちか」
「ウォフ」
皆を起こさないようにだろう、ルーシーが軽く頷きながら小さく吠えた。
「よし、じゃあこっちで飯を作ろうな」
「ワフ」
パタパタと尻尾を振るルーシーの頭を撫でて、材料を手に俺は荷車を降りた。
今日起床してきた順はリケ、サーミャ、ヘレン、リディ、ディアナ、そして大きく遅れてアンネだった。娘たちはリケとサーミャと同じくらいの時間帯に全員起きてきている。
家とはかなり緊張感も違うだろうに、アンネはのんびり寝ていて随分と肝が据わっているなぁ、と思っていたら、同じことをディアナが思ったらしい。
「いつもどおり寝られるなんて凄いわねぇ」
皆うんうんと頷く。当のアンネは少しぽやぽやとしながら、なんでもないことのように言った。
「あら、だってこの森の〝最大戦力〟がいるんでしょう? どうってことないわよ」
まぁ、アンネの言っていることは正しい。俺たちがこの森で一番強いのだから、この森では一番何にも怯えることなく過ごせるはずだ。
だが、頭でそう分かっているのと、実際そのつもりで過ごせるのとでは大きく隔たりがある。
それに、アンネは自然と自分を勘定から外しているようだが、〝最大戦力〟には彼女も入っているのである。
「やっぱり大物ねぇ」
半ばため息交じりに出てきたディアナの言葉に、俺たちは大きく頷いた。
その当人はと言えば、もうさっきの話題には興味が無いようで、差し出された朝食とスプーンを手にウキウキとしている様子で、改めて彼女の大物っぷりを俺は確認することとなった。
朝食を終え、パパッと片付けを済ませたら準備完了である。前の世界のキャンプ場で同じことをしたら100パーセント炎上するだろうが、ここは〝黒の森〟である。
サーミャも何も言わないし、ここの作法に反することでもないようなので、焚き火などはそのままにしておいた。
「さて、今日はどこまで進めるかな」
「どうだろうなぁ、アタシたちならかなり行けるのは間違いないけど」
「挑戦ですねぇ」
サーミャがフンスと鼻息も荒く言った後、のんびりとしたリディの声が響く。
しかし、その声とは裏腹に力強く宣言されたそれに、俺たちはまた頷きあって気合いを入れるのだった。