目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

依頼人?

 サーミャを先頭に、スイスイと、流れる風のように俺たちは森の中を進んでいく。

 歩みが速いとどうしても無口になりがちで、元々さほど口数の多くない我がエイゾウ一家の面々がより寡黙になり、第三者から見れば何か任務を帯びているのだろうかと思わせるような速度と静かさだ。


 それがおおよそ1時間ほど過ぎて、小休止の時間になった。

 めいめい荷車の樽(行きがけに泉から水を補給していた)から水を汲んで水分補給をする。


「どれくらい進んだかな」


 水を飲んで一息ついた俺は、サーミャに聞いてみた。彼女も水を飲み込んでから答える。


「うーん、いつも街に行くときの倍近くは進んでるはずだけど」

「そんなにか」

「うん」


 サーミャは頷いた。いつも街に行くときはある程度道が整備されている……と言うか、俺たちが2週間に1回程度の頻度で通るので、多少通りやすくなっている。

 なので、例の条件――特注品を打って欲しいときは1人で工房まで来ること――が多少容易になってしまっていた。


 それはさておき、その状態で更にクルルの牽く荷車に乗っているから、普段も比較的のんびりしたペースとは言っても、そこそこの速度で進んでいるはずなのだが、その更に倍近くで進んでいるのだ、とサーミャは言っている。

 水を飲んだ後、ぷはぁと大きく息をついてからディアナが言った。


「流石にこの皆でそれだけを目的にしたらってことかしらね」


 それを受けて、ヘレンが頷く。


「だなぁ……アタイから見ても皆かなり速い」

「わたしも?」

「もちろん」


 尋ねたリケに、ヘレンは再び頷いた。リケはそれを聞いて嬉しそうにしている。

 リケで速いなら、移動速度としては今回がほぼ限界だろうな。

 俺がそれをサーミャに言うと、


「ほとんど周りを気にせずにきたから、多分そう」


 サーミャはそう請け合ってくれた。この森のプロである彼女がそう言うなら間違いないだろう。

 実際に逃亡するとき、これくらいの速度でいけば、おそらく追っ手は警戒しながらになるだろうし、かなり引き離せるはずだ。


「もしずっとこの速度で昼夜を問わず移動したら、どれくらいで外に出られる?」

「そうだな……」


 サーミャはおとがいに手を当てた。通常なら1週間程度という話だったがさて。


「2日かな」

「そんなに早くか!?」


 俺は思わず大きめの声をあげた。想定の半分以下で済んでいる。


「さっきのをずっと日が暮れても2日間続けられたら、だぞ」

「ああ、それは無理か」


 流石に一切周囲を警戒もせず、ただ移動だけを行うことを休憩も無しで48時間続けるというのは、ヘレンならともかく、それ以外の皆には無理な話だろう。


「だから、普通なら1週間かかる」

「だなぁ」


 いざというとき、本当にどうしようもない場合には時間の短縮をはかることも可能だ、と分かっただけでも万々歳だ。

 実際には森を出ても逃避行は続くのだし、この〝黒の森〟で全てを使い果たすわけにもいかない。

 だが、それでも、という場合があるかも知れないし、その時に取れるオプションは多いに越したことはない。


 そして、小休止を終え、今度はもう少しゆっくり進もうか、などと話していた俺たちに声がかかった。


「あ、あのぅ……」


 おずおずと、という形容詞がこれほどピッタリきそうな声もなかなか無いような、か細い声。

 キョロキョロしていると、俺の正面にいたアンネが俺の後ろを震える指で指差した。

 そこにいたのは、リュイサさんを地味にしたような姿の女性である。先ほどまでは確実にいなかった。

 すわこれは何か良からぬものだろうかと、俺たちが臨戦態勢をとりかけると、その女性は言った。


「皆さんは〝黒の守り人〟ですよね……?」


 俺たちは一瞬顔を見合わせたが、すぐに全員で頷いた。盾を象った中に樹木のモチーフが刻まれているバッジ。

 それはリュイサさんから邪鬼を討伐したときの報酬として貰った、この〝黒の森〟の守護者である〝黒の守り人〟としての証しで、今も皆が思い思いの箇所につけている。


 頷いた俺たちに、女性はホッとした表情を浮かべると、すぐにその顔を引き締めてこう言った。


「あの、皆さんを見込んでお願いがあるんです……!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?