「とりあえず、聞いての通りだ。とは言え、俺たちにも予定はあるからな……」
まぁ、前の世界では「予定は未定」とばかりにあらゆる予定が刻一刻と塗り変わったりもしたものだし、こっちの世界に来てからも全てが想定どおりにはなっていないのだが。
「一度〝黒の森〟の端に向かって、帰りにまた寄るのも選択肢に入れて良いと思う」
俺は一旦息をついだ。皆じっと俺の方を見ている。クルルとルーシー、ハヤテにマリベルもだ。
「これは樹木の魔物の動きが遅かったり、他の魔物に比べて温和だったりで被害が出ない、ってのが条件だけどな」
俺はまずサーミャの方を見た。〝黒の森〟に暮らす彼女なら、自身には経験がなくても、独り立ちするまでに家族から何かしら聞いているかも知れない。
だが、サーミャは首を横に振った。心当たりはないらしい。となると、樹木の魔物が発生するのはレアなイベントということか。
俺は次にリディを見た。エルフで森に暮らし、その期間も家族の中ではダントツに長い……らしい。正確な数字は怖くて聞いていない。
ともあれ、レアであっても出会っている可能性はリディにも充分ある。
はたして、リディは頷いた。
「魔物化した樹木は動くには動きますが、元々動けないからか、動きの速い個体はあまりいませんね」
「ということは、基本的には被害は大きくなりにくい?」
「ええ。ただ、これも元々が相当大きいので、発生してすぐでも森にそれなりの被害が出ることはあります」
「ああ……」
魔物とはいえ元は樹木である。俺が辺りを見回してみると、鬱蒼とした森であるから当たり前なのだが、かなりの樹齢であろう木々が並んでいる。
これらのうち、1本だけでも相当な高さ、太さ、そして重量を誇ることは明らかだ。動けば地面はボロボロになるだろうし、小さな木々にその重さがかかればあっさり折れてしまうだろう。
もちろん、動物(獣人や俺たちを含む)がその体重を受ければ、たとえ大黒熊であってもどうなってしまうかは言うまでもない。
「すぐに倒せるか分からないし、ここは一度様子を見に連れて行ってもらうのが得策だとアタイは思う」
小さく手を挙げて、ヘレンがそう提案した。彼女の言うとおり、森の端まで行った帰りに立ち寄って、今の手持ちでは太刀打ち出来ないとなれば、それなりの時間が経過してしまう。
その間に俺たちの思いも寄らないことで事態が悪化する可能性もあるかもしれない。
そうなったらほぼ確実にリュイサさんが出張ってくるだろうけど、今のところ、その兆候はないので杞憂で済みそうではあるが。
家からなら1日と少しでここには来られるのだから、上手くいけば「森の端まで行く」という当初の予定はこなせるかも知れない。
「よし、一旦は様子を窺ってみよう。すぐにでも倒せそうなら、その場で仕留めて最初の予定をこなす。無理そうなら一度帰還してから、対策をして再チャレンジ……まぁ、〝いつも〟の通りではあるな」
俺がそういうと、家族の皆が頷いた。よし、これで方針は決定だ。
少し離れたところで相談をしていたので、ラティファさんはすっかりハラハラした様子だった。
俺は自分に出来る精一杯の笑顔を作ってから、こう言った。
「引き受けますのでご安心を。とりあえず、どういうものか見てみたいので、ご案内いただけますか?」