「あっ、はい! こちらです!!」
ラティファさんはピッと背筋を正して、スッと手を伸ばした。別にそんなにかしこまる必要はないと思うのだけれどな。
もしかして、〝黒の守り人〟とはこの森で相当地位が高かったりするのだろうか。他の森でも一目置かれるって話もあるくらいだし……。
しかし、固辞するのも何なので先ほどまでラティファさんがしていたように、ペコペコと頭を下げながら、みんなでそちらへと向かう。
パタパタとラティファさんが先頭に立って歩き始めた。
「しかし、樹木で魔物が出るなんて珍しいですねぇ」
しばらく黙々と移動したあと、俺は先を行くラティファさんにそう声をかけた。
この〝黒の森〟は魔界に次いで魔力の量が多く、それで魔物が発生しやすいのは確かだ。
魔物の発生は澱んでいないものでも起こりうる。ただ、それはあまり起こらないことなのだ、と以前にリディから聞いたことがあった。
どうやら一定以上の濃度の魔力にどれくらい晒されていたか、が発生要因の1つであるようだ。
なので、木々が生えているような、魔力が比較的薄い地域ではあまり発生しない。
一つ処に留まっていたほうが発生率が上がるように思えるのだが、ルーシーの場合はむしろ移動していたことで、たまたま魔力が比較的濃い場所に辿り着いてしまったことで魔物になってしまった可能性が高い……のだそうだ。
つまり、普通は樹木が魔物になる条件というのは、そうそう整わないはずである。サーミャが聞いたことがないことからも、ケースとしてはほぼないと言って良いのは明らかだ。
ラティファさんは若干卑屈な笑みを浮かべる。
「それが……なんと言いますか、運が悪かったんですよねぇ……」
「ほほう」
「魔力の量ってそんなに変わったりしないんですよ」
「そうですね」
うちの工房では魔力を常日頃から扱っている。それで出来た製品をカミロのところへ卸しているから、魔力としては〝黒の森〟から輸出されている状況である。
それでも特に篭められる魔力の量が減ったこともないし、それをリディが言ってきたこともないから、魔力の量は一定なのだろうなとは思っていた。
「そんなに、ということは変わることもある、というわけでして……」
「たまたま魔力の量が濃くなったところに樹木が?」
「ええ、そうなります。それでも普通なら吸収して終わりなんですよ。ここの木は水が少なくても丈夫で大きく育つでしょう?」
「そうですね」
湧き水があるからかと思っていたが、魔力も併用していて、それで普通では育たないくらい大きくなるのがこの森の樹木の特徴……らしい。
「それがどういうわけか、異常に濃くなってしまったようで、それが澱むレベルになり、たまたま樹木があるところにぶち当たってしまった、ということなんです」
そこで、前方を見やったラティファさんがビクッとした。
「いました?」
「え、ええ……ですが……」
「何かありました?」
ラティファさんは青ざめた顔でこちらを振り返り、言った。
「形が変わってます……」
そう言われ、慌ててラティファさんが指差す方を見る。
すると、そこには触手のようにツタをうねうねと動かす、謎の木が聳えていた。