リケがパチパチと小さく拍手をした。敵を目の前に随分とのんびりしたことだなと自分でも思うが、ここで慌てたところで事態が好転するわけでもないからなぁ。
とは言え、のんびりしすぎて手遅れになるのも避けたい。
今から家に帰って1日、何を作るにしても1日、ここに戻ってくるのに1日と考えると3日かかる。
少し前と今で大きくその特性を変えているものに対して、時間的な猶予があるとは考えにくい。
「まず木を切り倒すものと言えば……」
「斧だな」
「ノコギリもありますね」
木を切り倒す道具は、俺が思いつく前に、サーミャとリディが言ってくれた。まぁ、すぐに思いつくよな。
すると、ヘレンが自分の剣を抜いて言った。
「アタイの剣は?」
「まぁ、多分余裕でいけるだろうが……」
仄青く光るその剣を見ながら、俺は言う。
ヘレンの剣は芯にアポイタカラを使っていて、それが刃として(あと中央の紋様として)露出するようにしてある。
それに俺がチートを全力で使って打ったものだ、耐久性も切れ味も保証できる。恐らくは苦労なく木を切れるだろう。
しかし、刃渡りから言って一撃で切り倒すことは難しそうだ。ヘレンなら刹那の間に二撃三撃と加えられるだろうし、正確に切り込むこともできるだろうが、それでも100パーセントとは限らない。
それは俺が今腰に佩いている〝薄氷〟も同じことだ。アポイタカラの刀身を持つこいつなら、切れ味や耐久性は勿論、刃渡りも問題無さそうだ。
しかし、俺にはヘレンほどの剣の腕前はない。綺麗に切り倒す一撃を確実に放てる自信はない。それに、前の世界のアニメにあった、怪盗三世の一味みたいなビジュアルになりそうだし。
代わりにヘレンにやってもらうにしても、ヘレンには刀の心得はない。そのたぐいまれなセンスでなんとかするかも知れないが、少々博打になるのは免れないだろう。
「出来れば木を切る専用のものがいいだろうな。それもなるべく一撃で」
「そうすると、ノコギリはダメね」
俺が出した条件に、頷きながらディアナが言った。俺もそれに頷く。
「どうしても切り終えるまでに時間がかかるからな」
「だとしたら、斧一択ですか」
リケがポンと手を打つ。俺は再び頷いた。頷いたあと、当然のことに気がついて思わず顔をしかめてしまう。
「問題は斧を新しく作るための道具や材料を持ってきてないということだな」
「炉も火床も板金もないですね」
眉根を寄せたリケの言葉に、俺も眉間の皺が一層深くなる。
「今回は実戦込みとはいえ、基本的には逃げるルートの確認だし、実戦でもそんな重いものをクルルの荷車に積むわけにはいかんからなぁ」
ふむ、と俺は小さく息を吐いて腕を組む。フイゴはないが炭はある。金床もないが、金槌は少しものを直したりするときのためにある。
〝黒の森〟の中で作業するなら、魔力をこめることは余裕で出来るだろう。
材料は……仕方ない、一番大きなあれを使わせてもらうか。
「アンネ、すまんがちょっと貰って良いか? 勿論、帰ったら作りなおす」
「どうするの?」
「ここ……といってももうちょっとだけ離れてだけど、そこに簡易の鍛冶場を作る」
俺の言葉に、家族の皆は目を丸くした。……リケと娘達は喜んでいたが。
ともあれ、ここで出来る最大のことをやろう。俺は気合いを入れるべく、自分の頬をパチンと叩くのだった。