汲んできた水で手を洗い、全員揃ったところで、めいめいの場所に座る。
「あれ、ラティファさんは?」
俺はアンネに尋ねた。家族の姿はあるが、ラティファさんの姿がない。流石に声をかけてないことはないと思うのだが。
「誘ったけど、遠慮するって。お腹がすいてない……というよりも、食べる必要がないからってことらしいわ」
「妖精さんたちと一緒かあ」
妖精さんたちの身体の維持は魔力によってまかなわれている。なので、食事をせずとも生きていくことができる。
ただ、まったく食事をしないわけではなく、興味本位で食事をとることもある。とった食事が身についたりすることはないらしいが。
炎の精霊であるマリベルも同様で、一定の魔力さえあれば生きていける。
だが、食事を一緒にとることも可能だ。なので大抵、一緒に食べている。
アンネが肩をすくめて言った。
「そういうこと。それで無理にすすめるのもなんだしね」
「そうだな。じゃあ、いただくとするか」
よそってくれていた昼食を前に、俺は手を合わせた。
「いただきます」
『いただきます』
こうして、場所が違う〝いつも〟どおりの昼食がはじまった。
「うん、うまい」
伯爵家令嬢と皇女殿下による昼食――干し肉と干し野菜を煮込んでスープにしたもの――は、砂糖と塩を間違えるというようなこともなければ、焦げを発生させてしまうようなこともなく、ちゃんとそれぞれの味が出ていた。
「ほんとう?」
心配そうに俺の顔を見るディアナに、俺は頷いた。
「うん。うまいよ」
「よかった」
心底ホッとした顔になるディアナ。アンネがその隣で微笑んでいる。
「味はほとんどディアナだったからね」
「味見はちゃんとしたけど、それでもね」
「いや、ちゃんと美味いよ。なあ?」
俺が家族に聞くと、皆頷いている。それでディアナはホッと胸をなで下ろした。
「そういや、魔物の様子はどうなんだ?」
椀の中身を減らしながら、俺はヘレンに聞いてみた。作業中にサーミャもヘレンも呼びに来なかったから、大きな動きはないのだろうが。
「相変わらずウネウネはしてるけど、特に動きはなし。動いてるツタが何かを探してる様子もなかったし、今のところは動く木ってだけだな」
「じゃあ、斧ができるまでは大丈夫そうか」
「多分ね。なにせアタイはともかく、サーミャもよく知らない魔物だから」
「のんびりはしてられないけど、ってところか」
「だな。ま、飯は食っておかないと、『その後』があるからな」
そう言ってヘレンは椀の中身を全てかきこむと、
「ごちそうさま」
と言って立ち上がる。同じようにサーミャも「ごちそうさま」と言って立ち上がり、2人とルーシー(味付けする前に湯で煮込んだ干し肉を貰っていた)で連れだって森の中へと風のように消えていった。再び魔物を見張るのだろう。
他の皆も食べ終え、ごちそうさまの挨拶をする。ディアナとアンネが「片付けはやるから置いていけ」と言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
「よし、俺たちも仕上げにかかるか」
『はい』
満たされた胃袋は活力を与えてくれる。その活力をほんの少し決意のようなものに変えて、俺とリケ、リディは斧を仕上げるべく、出張所の作業場へと向かった。