斧の形はできている。焼き入れと焼き戻しをして、調整ができたら研ぐ。刀身ならぬ斧身はそれで完了だ。
早速焼き入れを行うため、リケが火床に炭を入れながら、俺とリディで風を送る。
やはり俺のほうは風量が全く安定しないし、最大風量もリディと比べると全然少ない。
それでもないよりはマシなので、頑張って風を送る。
眠るように静かだった火床が風を送り込まれて、その息吹を取り戻していく。熾火だったものがチロチロと炎を巻き上げるようになり、やがてゴウゴウと音を立て始める。
俺はリディに声をかけた。
「すまんが後を頼んだ」
「お任せを」
ここからは俺とリケで斧の様子を見ていくことになる。少しずつ赤らんでいく斧。
だが、焼き入れにはまだまだ温度が低いことをチートが教えてくれている。
「よいしょっと」
バシャリと水音を立てて、リケが少し大きな桶を置いた。中には焼き入れに使う水が入っている。
この桶は多めに水を必要とするとき――傷口を洗うとかだ――のために、少々嵩張っても仕方がないと持ってきてあったものである。
まぁ、水を入れてなけりゃ他の荷物を入れておけるので、思ったよりは嵩張らなかったのだが。
「どうですかね?」
「この大きさならなんとかいけそうだ」
幸いにして、斧はギュッと固まった形になっている。なので、あまり大きくない桶にも収まる。
これが剣だったら少々厄介なことになっていたに違いない。そういえば、これの元になった両手剣のときは、必死に水をかけ続けたんだっけ。
あの大きさのものを焼き入れできる容器はうちにはなかったからな。
泉はあちこちにあるというから、同じように水をかけまくっても良かったかもしれないが、なかなか水を補給できないことがあるかも知れないと思うと、なるべく節約しておきたいところだ。
ジリジリと適温に近づいてくるにつれ、斧は色を変えていく。本来は僅かな違いを見るため、夜中に明かりを落としてやる作業だが、俺はチートで、リケはドワーフの能力で、昼間でもその適温が分かる。
「よし、やるぞ」
「良いと思います!」
その頃合いが来た瞬間、俺は火床にある斧をヤットコで引っ掴み、水を張った桶の中に突っ込む。
斧がジュウ、と音を立てる。俺の手には斧が冷えて固まっていくときの感触が伝わってきた。剣とも、もちろん刀とも違う感触だ。
そして、硬さを得ていくのも感触から分かる。これで焼き入れは終わりだ。
しばらく待って引き上げると、俺は斧を再び火床に移した。焼き入れだけでは硬くなっても、同時に脆くもなっている。
加熱し、今度はゆっくり冷ますことで斧は粘り強さを得る。一刻の猶予もないような場合なら、焼き入れだけで済ませることも選択肢に入れる必要があるだろうが、幸いにしてそうではない。
それに、こいつには家に置いてきてしまった斧と一緒に活躍してもらう必要があるから、今回こっきりで終わられては困るのだ。
しっかり処理をして、永く使えるようにしなくては。
再び熱を帯びていく斧。適温が再び近づいてくる。その時が来て、火床から斧を取り出した。
斧にまとわりつくようにしていた炭が、金属のような音でこぼれ落ちていく。
「どうかな」
「問題なさそうですね」
リケから良い評価が返ってきたので、俺は斧をリケたちが持ってきてくれた石の上に置く。いかにチートの手助けがあるといえども、加熱と冷却による多少の歪みはいかんともしがたいようだ。今のうちに直してやる必要がある。
少し冷めるのを待ってから鎚で慎重に叩いていく。やや波打つようだった斧は、真っ直ぐな姿へと変わっていた。
「よし、それじゃあ次やるか」
「はい!」
リケが言葉少ななのは俺の作業をじっと見ているからである。最近は見学というよりも、確認するために見る時間も増えてきていて、彼女の成長を如実に表していた。
「リディもありがとう、助かったよ」
「いえ、これくらいならいくらでも」
もう火を使う作業はないので、リディはお役御免だ。手伝うならディアナたちかな、と俺が言うと、リディは頷いてディアナ達の方へ行った。
俺とリケは次の作業、研ぎにうつる。だが、目的はあくまで木を伐ることなので、剣のような鋭さは求められていない。
おそらく紙をスッと切れるところまでもっていけるのだろうが、当然そうはせず、メンテナンスが必要になった場合に、と持ってきた砥石で研いで、ややなまくらな刃をつけていった。
研ぎまで終われば、あとは柄をつけるだけだ。周囲にいくらでもある枝のうち、太めのものを選んで、ナイフで切り落とし、ちゃちゃっと加工した。
枝の真ん中に溝があるので、そこに斧を差し込んで持ってきた革紐で固定する。
本来であれば乾いた木の方がいいし、固定も斧本体を柄が突き抜ける形にしたほうがいいのだが、あれもこれも皆纏めて帰ってからの作業だな。
革紐をギュッと縛り、ぐらつかなくなったことを確認すると、俺は静かにリケに言った。
「これで斧は完成だ」