コーン! と気持ちの良い音が〝黒の森〟に響いた。しかし、一見すると樹の魔物には変化がない。
「頼むぞぉ……」
まだ多少動くツタを斬りとばしながら、俺は〝いつも〟のとおりの結果になってくれるように祈る。
手応えから言ってそうなるはずではあるのだが、実際にそうなるところを見るまでは安心できない。
ズズ……っと何かがズレる音がする。兆しの音で俺の心臓が跳ねたように感じる。
樹の魔物は斧を叩きつけられたところから、反対側へと徐々にズルズルと動いていく。
「えええええ~~」
と、小さいが確かな驚愕の声をラティファさんがあげている。うちの家族も最初はあんな感じだったなと懐かしさをおぼえるが、それを頭から振り払って、樹の魔物の行く末を見守る。
アンネは斧を振りかぶって叩きつけたので、つまり袈裟切りのようになっている。樹だし下のほうなので肩口から斬るのとはほど遠いが。
ゆっくりと動いていた樹の魔物は、やがてその巨体を倒していく。
はじめはゆっくりと、加速度的に倒れていく樹の魔物はズズンと地響きをたてて、完全に横倒しになった。
「問題はこっからだ」
ヘレンがかなり動きが鈍ってきたツタを鮮やかに4本(うち2本はもちろんディアナに向かっていたやつだ)切り飛ばして言う。
伐れば終わるとは思うが、なにせ魔物である。推測が全くの的外れで、更に細切れにせねばならない可能性もゼロではない。
俺たちはツタの様子を見つつ、倒れた樹の魔物が新たな動きを見せないかを監視する。アンネは再び斧を振りかぶっている。
そんなに時間は経っていないはずだが、1時間にも2時間にも感じるくらいの時間が過ぎる。
樹の魔物はピクリともせず、アレだけ元気に動いていたツタはもうすっかりその動きを止めていた。
響いてくるのは俺たちの少しだけ荒くなっている息づかいと、どこからか響いてくるのんびりとした小鳥の声だけだ。
恐らく倒せたのだとは思う。しかし、倒せば雲散霧消するゴブリンやトロールみたいな、純粋に澱んだ魔力から生まれた魔物とは違って、元いた生物が魔物化した場合は倒しても身体は残る。
今回はどう考えても後者なので、倒せているかが分かりにくい。樹木なので元々動かないものでもあるし……。
「一応、ラティファさんに確認して貰うか」
「そうだな」
俺の言葉にヘレンが頷いた。リディを呼んできてもいいのだが、幸いここには樹の精霊であるラティファさんがいる。
魔物がどうなっているかは彼女に確認して貰うのが良さそうだ。今回の依頼主でもあるし、俺たちの「納品」に齟齬がないかについても担保して貰う必要がある。
「てなわけで、すみませんが、魔物として動くかどうかだけでもご確認いただきたいんですが」
そうラティファさんに言うと、彼女は一瞬だけかなりあからさまに「ええ……」という顔をしたが、すぐに頷いた。
「わ、わかりました!」
ラティファさんはそろそろと、恐る恐るを絵に描いたような様子で樹の魔物に近づいていく。
俺たちもそれに合わせて、それぞれの武器を構えつつ近づいていく。ヘレンが剣を鞘に収めたのは、いざと言うときはラティファさんを引き離すためだろう。
そんな態勢の中、ラティファさんは少し伸びをしたり、あるいは逆に頭の位置を下げたりして、樹の魔物の様子を窺う。
「あっ!」
これまで比較的小さな声だったラティファさんの大声に、俺たちは思わず武器をグッと握りしめる。
それに気づいたラティファさんがブンブンと顔の前で手を振った。
「あ、ご、ごめんなさい! あの、倒せてます! もう、あれはただの樹です!」
俺たちはその言葉に互いの顔を見合わせると、そのままお互いに手を打ち合わせた。