本体と思われる樹を倒し、その勝利を一旦喜びはしたが、ヘレンは再び剣を抜き、俺もまだ〝薄氷〟を鞘には収めない。
ツタが緩やかにだがまだ動いているからだ。
「まさか、こっちが本体ってことはないよな?」
俺がボソリと言うと、俺の少し前に位置取っていたヘレンがビクッとした。
「冗談キツいぜ」
こちらを向かずに出たヘレンの言葉には苦笑の色が混じっていた。ああ言ってはいるが、もしかすると彼女もその可能性を考えていたのかもしれない。
じっとツタを見ていると、一度だけピクリと動き、緩やかにうねっていたのも止まった。
「気をつけろよ」
「分かってる」
ヘレンがツタに近寄り、手にした剣の先で突いたが、ツタはもうピクリともしない。
「魔力はどうですか?」
俺が声をかけると、ぼうっとしていたラティファさんはハッとした表情になり、ツタに目を凝らす。
「うーん、ほとんど見えないので、これはないと思ってよさそうです!」
明るく顔を輝かせたラティファさん。俺たちは今度こそ快哉を叫んだ。
「やったかー?」
樹を倒したときの声が聞こえていたのだろう、いつの間にかサーミャがやってきていた。後ろにはルーシーとクルルにマリベル、そしてリケとリディもいる。
「おう、たった今全部片付いたとこだ」
「おー、さすが!」
パチパチと拍手が静かな森に響く。俺は誇らしげな気分になって、少しばかり胸を張った。
そしてぐるりと周囲を見回して、横たわる樹木に目がとまる。
「ああ、そういえば倒した樹をバラさないとな」
「そうなの?」
俺とヘレンのいるところに集まってきていたディアナが言った。俺は頷く。
「ま、実際に問題が起きるかはさておき、魔物が発生した環境に魔物になったことがあるものを放置するのはちょっとなぁ」
「なるほどね」
今度はディアナがうんうんと頷く。
これまで普通の生物が魔物化したものを退治したことはない。大黒熊にはその疑いがあったが、確定ではないからノーカンとすると、今まで倒してきたのは純粋な魔力から生まれた、生粋の魔物だけだ。
生粋の魔物は倒せば身体が全て雲散霧消するから、後のことを考える必要はなかったが、今回は生物が魔物化したものであるため、身体が残る。その残った身体が――今回の場合はデカい丸太だが――再び魔物化しないとも限らない。
魔物化したときの状況はそのまま残っているからだ。
そんなわけで切り倒した元魔物の樹をバラして運ぶつもりである。
ある程度は残していかなければならないかも知れないが、まるまる残していくよりはリスクは格段に下がるだろう。
「よーし、それじゃあホントにもうちょいだ!」
俺がそう宣言すると、了解の声が家族の皆から返ってくる。森に響くそれは、さながらささやかな凱歌のようでもあるのだった。