「じゃあ普段はあまり動かないんですね」
俺は相変わらずくぴくぴ水を飲んでいるラティファさんに言った。途中から仕草で気がついたのだが、どうも飲んでいるというよりも真似っこというか、飲んでいるフリに近いようである。
何度も口にカップを運んでいるのに、おかわりを要求した数が少なすぎるからだ。飲んではいるが、極端に量が少ない、ということである。
ラティファさんはまたカップを口に運んでから言った。
「ええ。基本的には木々のようなもので、姿も見せません。普通は何があるわけでもないですし、魔力のことは妖精族の皆さんがやってくださるので」
「問題があれば〝顕現〟すると」
「そうですね」
つまりは今ここから見えている木々たちの意思のようなもので、リュイサさんのように大きく干渉するような能力はないみたいである。
まぁ、リュイサさんは〝大地の竜〟の一部らしいし、かなり特別なのだろうけど。
「今回はちょっと特殊すぎましたけど、多少なら自分でなんとかできますから」
そう言ってラティファさんはふんわりと微笑んだ。
「何かあったら、リュイサさん経由ででもお知らせください。すぐに……とはいきませんが」
少なくとも丸一日とちょっとはかかるからな。瞬間転移の魔法でも使えれば別なのだろうが、そんな魔法は存在するかどうかから怪しそうだ。
仮に存在して行使出来る人間がいたとして、お目にかかれるような機会がやってくることはなさそうだ。あまりに便利すぎる。
ラティファさんは目をぱちくりさせたあと、微笑んで頷いた。
「ええ、困ったときはお願いしますね」
パチンと些か煙が多めの薪――元は魔物――が抗議するように弾け、それに反応したルーシーの声に重ねる笑い声が静かな〝黒の森〟に響いて、小さな祝宴は終わっていった。
「すみません、もう少しキチンと片付けたほうが良いんでしょうけど」
「いいえ、いいんですよ」
明けて翌朝、簡易火床と持ち運んだ石の残骸や、焚き火の跡を片付けようとしたのだが、ラティファさん曰く「そのままでも問題ない」とのことだったので、お言葉に甘えてそのままにしていくことにし、バタバタと身支度を調える。昨日には作業と大立ち回りがあったが、本来の目的もできる限りは果たしたい。
この身支度も何度か繰り返していれば慣れてくるもので、最低限身ぎれいにし、出していた道具類を荷車に片付けたら、すぐにでも出発できる準備が整った。
朝食の準備はしていない。起き抜けに皆で話し合って、今日は一度朝食を食べずに進んでみようということになったのだ。
これが身体によろしくないことは承知の上だが、遅れを取り戻したいことと、そして、万が一本番を迎えたとき、十分に補給できず、どうしても食事を抜かねばならないとなった場合にどれくらいパフォーマンスが落ちるのか、比較的安全な今のうちに把握しておいたほうがいいと、ヘレンに実戦での経験からアドバイスを受けたことによる。
「ルーシーとクルル、ハヤテには食べさせたほうがいいかしら」
「そうだな」
ディアナが言って、ヘレンが頷いた。特に調理していない干した肉だけを与えてやると、3人ともすぐさま平らげた。
「よし、それじゃ出発!」
『おー!』
「お気をつけてー」
俺たちは木の精霊に見送られながら、再び〝黒の森〟の端を目指して一歩を踏み出した。