「うーん、意外と歩けるもんだな」
言葉少なではあるが、俺たちは〝黒の森〟を足取りも軽く歩いて行く。
森には小鳥のさえずりが響いていて、今日がただの休日であれば、のどかなピクニックに期待できただろうなと思わせる。
〝黒の森〟はその名の通り全体的に薄暗い感じではあるので、「楽しいピクニック」から想像できる朗らかな様子にはならなかっただろうが。
それに、朝方水を飲んだきりで、腹に溜まるようなものは何も口にしていない。
この状況もピクニックとはほど遠い感覚になる。デスクワークでならいざ知らず、森の中を歩き通すのに1食抜いた状態というのは、気分が晴れやかとはいかない。
しかし、言葉数が減ったりはしても、ふらつきや歩みが遅くなることはなく、普通に歩けている。
まぁ、胃袋のほうは「なぜ補給しないのだ」と抗議の声を上げ続けているわけで、昼には宥める必要がありそうだが。
「みんな身体が強いからな。昨日しっかり食べたのもある」
ほとんど独り言だった俺の言葉に、ヘレンが返した。
「それに、森を歩き慣れているのがかなり有利に働いているな。ディアナやアンネはともかく、他のみんなは1食抜くくらいの経験は普通にあると思うし」
ヘレンがそう言って、みんな頷く。勿論前世で1食抜いたことが一度どころではない俺も含めてだ。
一応北方の良いとこの出である(ということになっている)のだが、ヘレンはなぜか見抜いたらしい。俺を1食抜いたことがない方には入れなかった。
もしかすると、森に来るまでの間にあったと想像したのかもしれないが。
「あら、私もあるわよ」
そう言ったのはサーミャと一緒に前を行くディアナだった。意外……いや、そうでもないか、とディアナにとっては失礼であろうことを考える。
だが、そう考えたのは俺だけではなかったようで、一瞬の沈黙のあと、小さく納得の声が聞こえてきた。
「まぁ、マリウス兄さんと悪戯して抜かれたことがあるってだけなんだけどね」
「一回や二回じゃないだろ、それ」
呆れた声で言ったのはサーミャだ。マリウスとディアナの性格を考えれば容易に到達できる結論ではある。
マリウスが提案して、嬉々として乗っかるディアナと、オロオロするカレル、それをやれやれと首を横に振りつつ一応止めてみるリオンの姿が思い浮かぶようだ。
「まあね」
ペロリと舌を出してディアナが言う。森に笑い声が響いた。
「今回はクルルやルーシー、ハヤテには飯をやったけど、本来はそんなにいらない……んだよな?」
ヘレンがリディのほうを見て、リディが頷く。
「ルーシーは少しいりますが、2~3日食べなくても普段どおりに動けるはずですよ。私たちが良心の呵責に耐えきれなくなるほうが早いでしょうね」
「そんなわけだ。限界を知りたいなら今日丸一日抜くのも手だが……」
続けたヘレンに俺は首を横に振った。
「そんな状況になってたら長くはもたないだろ。仮に1日抜けば目的地かもって状況でも、それがひっくり返る可能性を考えれば、着いた時点で1日分余ってるくらいでないと」
「だな」
「そんなわけで、このまま昼まで歩いて、どれくらいいけそうかを確認したら、その後はしっかり昼飯をとることにしよう」
俺の言葉に小さな歓声が、薄暗い森の中を明るくするかのように響いていった。