茂みから出てきたのは狸、正確には狸のような生きものだが、とにかく狸だ。
以前、病気になった狸を我が家で助けたことがある。その狸は我が家からは去ったのだが、その時のお礼なのか、時折薬草を届けてくれていたりするのだ。
今、目の前に現れたのが同じ個体なのかは分からない。だが、狼や熊も避けるという俺たちのところに自ら姿を現したのだ。同じ個体である可能性は高いだろう。
唸るでもなく出てくるところを見ていたルーシーが近寄り、狸の顔のあたりで鼻をクンクンと鳴らしながら匂いを嗅いでいる。
普通ならビビって逃げてしまいそうな行動だが、狸はされるがままになっている。
「ぷきゅう」
「ワン」
狸とルーシーがお互いに言葉を交わすようになくと、
「クルルルル」
クルルも近づいて挨拶をするように鳴いた。それを返すかのごとく、ぷきゅうぷきゅうと狸がはしゃぐ。
「このあたりに住んでるのかな」
「うーん、どうだろうな。ここまでかなり距離があるからな」
俺の疑問にサーミャが首を捻る。確かに、強く警戒をしていない俺たちの足でも1日では到達出来なかった距離だ。周囲を警戒しながらだともっとかかるだろう。
そんなところから我が工房まで、もっと言うなら病に伏せっていたところまで移動できるものだろうか。
「うちへ来る道すがら薬草を探しているのかも知れないわね」
「それなら時々なのも納得できるな」
アンネが言って、腕組みをしたヘレンがうんうんと頷く。ディアナは娘達がはしゃいでいる様子に何も言葉を発せずにいて、出なかった言葉の代わりに俺の肩のHPが順調に減っている。
娘達とはしゃいでいる様子を見ると、病の後遺症は全くないようで、そこは何よりだ。
「ご飯の匂いに覚えがあってやってきたんですかね」
「ああ、それはあるかも」
リディとリケがそう会話している。なるほど、と俺は思った。
狸は少しの間だがうちにいたので、うちの飯の匂いを知っている。ご飯が貰えると思って来た、というよりは知っている匂いがしたのでやってきたのだろう。と、そう思うことにする。
「とりあえず来てくれたんだし、ちょっとお裾分けするか」
本来は逃避行中なので、分けるような余裕はないはずなのだが、今はその予行演習だし、持ってきた干し肉には余裕がある。
知っている顔がわざわざ挨拶しに来てくれたのだし、それに報いるのは問題なかろう。
皆もそう思っていたようで、俺の提案には誰も反対意見を出さなかった。
狸は差し出された干し肉を凄い勢いで平らげた後も、俺たちと一緒にいた。俺たちも昼飯を終え、片付けをしている間も、その作業を興味深そうに眺めて、立ち去る気配はない。
さて、補給も済んだし出発するか、となってもまだいるので、俺は狸に声をかけた。
「ちょっとついてくるか?」
俺が言うと、狸は少し驚いたような素振りを見せた。
ありゃ、これは逃げられちゃうかな、と思っていると、狸は「ぷきゅう」と鳴いて、先頭のルーシー横に並んだ。
こうして、僅かな間だろうと思うが、少しの間の仲間を加えた俺たちは、再び〝黒の森〟の端を目指して歩き始めるのだった。