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脱出前夜

 森の中の授業によって、多少歩みが遅くはなったが、今後を考えれば十分な授業料だと言えるだろう。時間的には日程に大きく影響するようなものではない。

 既に丸一日遅れているので、今更ジタバタしてもあまり意味が無さそうだな、という開き直りがないとは言わないが。


 ここまでの道のりや見つけたものは簡易にだが地図として記録している。

 今記録しているよりも、もう少し詳細に残すことは可能なのだが、もし敵に奪われた場合を考えると、あまり正確すぎるのもよろしくないだろうと、俺とサーミャ、そしてリディとヘレンで意見が一致したのだ。

 サーミャとリディは森の住人として、ヘレンは戦闘のプロとして、俺が一応総合的に判断はしたが、まぁ両論ありそうな状態でもないしな。森の中だと正確な測量も難しいし。


「アタシが道を覚えてるし」

「何があったかは私が大体わかります」


 と森のプロ2人が請け合ってくれたのもある。


「偽物の地図を用意すべきかな」


 ルーシーと狸が先導する後ろを着いていきながら俺が言うと、アンネが答えた。


「そこまでしなくても良いんじゃない?」


 うんうんと頷くのはディアナだ。


「間違えて持って来ちゃうと大変そうだしね」

「それはそうだな……」


 俺たちなら遅かれ早かれ間違った地図に気がつくだろうが、非常時には少しでも間違いの元を減らしておいたほうが良いのは当たり前ではあるな。


「しかし、この簡易の地図の範囲だけでも広いな……」


 十分に歩いてきて実感はしているのだが、主観ではなく地図という形で俯瞰してみるとよりその広さがわかる。

 この地図の上でも、我が家は遙か彼方に存在する。もう1日も歩けば森の端あたりにかかるはずだ。

 そこまで行けば特に凶暴なやつ、特に我がエイゾウ工房の場合は大黒熊を警戒しなくても済む、らしい。


「端にはあんまりヤバいのはいない。なんでか知らないけど」


 とはサーミャの言葉である。この〝黒の森〟の生物たちは、この森に特化した生活を送っているのだろう。その生きものたちにとっては森の中のほうがより心地よいに違いない。

 まあ、森の周縁地域を訪れないわけではないのだろうが。いつも街道に出るあたりで森狼や猪を見かけたこともあるし、小鳥やリスなどはどこにでもいる。

 今も小鳥の声だけは聞こえているからな。


 俺たちの目的としても周縁部まで来ればあと一息だし、ちょっと浮かれているときに油断が命取りになるような生物と出くわしたくはない。


 結局この日はかなりの距離を進むことができた……ようである。測距できるようなものは何も持ってないから、ここらは推測でしかないが、かろうじて見えた夕日と、ゲストの狸も含めた俺たち家族が夕食をとっている空の星を見る限りでは進んでいる。

 この辺の知識も「サバイバルに役立てろ」ということか、あるいは「ここまで一人旅してきた設定で方角や進んだ距離を知る方法に対して無知なのはまずい」ということかは分からないが〝インストール〟で得た知識に含まれていた。


 狸もどういう方法によってなのかは分からないが、俺たちが森を抜けようとしていることを理解しているらしく。俺たちが行こうとしていた森の端への最短ルートを通りつつ、ルーシーに授業をしていたらしい。

 おかげで、明日の森の端到達、そして一時的な〝黒の森〟脱出は確実なものとなり、それに備えてこの日はサッサと寝ることになったのである。


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