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森の端へ

 パチリ、と不意に目が覚めた。木々の隙間から見えているのは夜空で、星がかすかに瞬いている。

 幾分は白んで来ているようで、ぼんやりと空に明るさも見えるような気がする。


 ムクリと身体を起こすと、一人を除いてクルルやルーシー、ハヤテにマリベルの娘たちを含めた家族の皆と狸がスヤスヤと寝息を立てている。

 寝息を立てていない唯一の家族、ヘレンがこちらに気がつき、焚き火の傍らからチョイチョイと手招きをしてきたので、俺はそちらへ足音を立てないようにそっと行く。


「今が春で良かったよ。冬だったら寒いなんてもんじゃなさそうだ」


 俺は小声でヘレンに言った。

 この春うららでも夜の間にずいぶんと気温が下がったらしく肌寒い。冬なら普通に凍えていたのは間違いない。

 家の中にいる時はもう少し気温差を感じない。あちこちに隙間があっても壁の有無が大きいのだろうな。


 ヘレンは俺の後に夜の番をしてくれていたが。「慣れっこ」なのだろう、疲労は全く窺えない。

 ポイっと焚き火に枝をくべて、ヘレンが言う。


「相手が良い時期に来てくれるとは限らないから、季節によってはかなり荷物が増えるかもな」

「荷車に積まないでなるべく着ておきたいが……着ぶくれしすぎると今度は動きを妨げるのが問題だな」


 パチンと薪が爆ぜる。小鳥たちもまだ起きてきておらず、炎が巻き上がる音も耳に聞こえてくる。

 舞い上がる火の粉を眺めながら、俺はボソリと声に出す。


「もう少しで森を出る」

「うん」


 ヘレンが静かに頷いた。俺は言葉を続ける。


「お前は別の居場所もあるし、なんならそのまま……いや、うん、なんでもない」


 俺はかぶりを振って話を中断した。ここで翻意を促すのは失礼だな。

 ヘレンは大きくため息をつく。


「ま、アタイが出て行かなくちゃいけないと思ったら、すぐにそう話すよ」


 ヘレンのほうを見ると、ニヤッと笑っている。


「すまんな」

「なに、いいってことよ」


 あまり派手にではなく俺の肩を叩くヘレン。


「もうちょっとだけ寝るか」

「おう、そうしとけ」


 俺はヘレンの言葉に手を振って、ゴロリと横になった。


 朝はもうみんな慣れっこになっていて、水の確保や朝食の準備、出発の用意までがテキパキと進んでいき、すぐに出発の時間になった。


「さて、今日はいよいよ突破だ」


 ここまでの道のり、ほとんどただ歩くだけだろうと考えていたが、あれこれ起きて、全くそんなことはなかったなぁ。

 見回せば期待が家族全員に満ちているのが雰囲気で分かる。

 俺はスゥと息を吸って、皆に号令した。


「それじゃ、行きの最後の行程に出発!」

『おー!』


 家族の鬨の声と、娘たちプラス狸の声が、まだ起き始めたばかりの〝黒の森〟に響くのだった。


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