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森の向こう

 下生えをかき分けて、俺たちは進む。パッと見には変わり映えのない風景。

 しかし、流石に一年も住んでいると森の奥と辺縁域の植生の違いが分かるようになってきた。


「もうだいぶ外が近いな」

「お、わかるか」


 サーミャがニヤッと笑って言った。俺もやや苦笑い気味に返す。


「そりゃ、それなりに住んでりゃな」


 この〝黒の森〟では辺縁域のほうが全体に樹木の背が低い。そして、そのぶん日の光が届くからだろう、下生えの高さが樹木に反比例するように高くなる。

 多分、辺縁域のほうが魔力が薄いのが原因だろうな。また今度サーミャとリディに聞いておこう。


 俺がこんな益体もないことを考えているのは、皆が静かだからだ。誰かが大なり小なりおしゃべりしていることが多いのだが、今日は森を抜けるのが近いワクワクか、それとも緊張からか、誰も話をしていない。


 先頭を行くルーシーと狸も同様で、昨日はしょっちゅう匂いを嗅いでは寄り道をしていたのだが、今日は黙って先頭を進み、時折こちらを振り返ってついてきているか確認をしているだけだ。


「そういえば、サーミャは元々こっちの方にいたんだっけか」

「うん」


 サーミャの行動範囲は元々は〝黒の森〟の西から北の地域だった、と本人が言っていた。ちょっとしたことで東に来て、うちのあたりで大黒熊に襲われて今に至る。


「懐かしかったりするのか?」

「うーん……」


 サーミャは小首を傾げ、ややあって首を横に振った。


「あんまり気にしてなかったからなぁ。特にそういうのはないな」


 彼女はフッと笑って続ける。


「今は別だけどな。『住む』ところができたから、長く離れた後、あそこに戻ったら懐かしいと思うだろうな」

「そうか、うん。そうだな」


 俺はちょっとこみ上げるものを抑えてそう答えた。


 下生えの高さが更に少し高くなり、周囲の明るさが少し増したように感じる。見上げれば太陽はまだ中天ではないが、もう少しすればそこに到達するだろう。

 更に歩みを進めると、前方がかなり明るいのに気がついた。


 それに気がついたのは家族全員がほぼ同時だったようで、誰ともなく歩みが早くなっていき、そして最後にはほとんど走り出していた。

 クルルやルーシー、狸はちょっとしたかけっこになって楽しそうだ。

 俺たちは下生えがそのまま身体に当たるのも気にせず走り、明るいところへ飛び出た。


 そして、俺たちの前に広がっていたのは、いつもとは違って街道のない、どこまでも続いていそうな草原が、そよそよと風に吹かれて緑の海のようにうねる光景だった。

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